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第11話【ジョイント音】
第12話【オシ17進捗報告、発売時期について】
第13話【趣味の王様】
第14話【技術遺産の伝承】
第15話【幼い頃の乗車体験】
第16話【食堂車の想い出】
第17話【駅弁のお話し】
第18話【活用事例】
第19話【星さんを偲んで】
第20話【インテリアパネルキット オシ17概要】

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第11話【ジョイント音】

少なくとも月1ペースでと始めたコラムでしたが多忙に託け長らく停滞しておりました。本日の「鉄道の日」に因んで久々に諸々鉄談を。

と申して置きながらいきなり音楽の話ですが、お好きな方もいらっしゃるかと思いますが、私はPatMethenyというJAZZギタリストが大好物でして、先日新譜のUnity Bandを聴いておりましたところ、7曲目に収録されているSignalsという楽曲が殊に琴線に触れ大いに癒されたのですが、この曲に限らずPatMethenyの作品には疾走感を伴う軽快なリズムに深淵な旋律と美しいハーモニーが絶妙に被さる楽曲が多く、それは列車の車内音の心地よさに相通じるような気がしております。25メートル刻みのレールジョイントを車体長16〜20メートル級のボギー車が走行する際のジョイント音は実に複雑で独特のリズムを奏でてくれます。その心地よいショイント音に走行時の様々な機器音やアナウンスが被されば、鉄道好きにとって車内は至高の劇場と化す訳ですが、その共通点が長年Methenyを飽きずに聴けている理由なのかなと思う次第です。
魅力溢れる鉄道の音に因む話もまた実のところ数々尽きません。DCCやカンタムサウンドシステムといった、素晴らしい音の演出アイテム花盛りの昨今ですが、今を去る事40年近く前、ベニヤ板にシノハラのコルク道床を介して敷設したフレキシブルレールに糸鋸で312.5ミリ刻みで切れ目を入れ、たまたま持ち合わせたワイヤレスマイクをバラして簡単な基盤上に並べ替えた代物をロコモデルのマロネ40に収納し、FMラジオで電波を拾い車内走行音の再現を楽しんでおりました。隣り合う車両のジョイント音も鮮明に捉え、独特のリズムを完璧に再現してくれておりましたが、その貴重なワイヤレスユニットは後年行方不明となってしまい、数年前に再度チャレンジしてやろうと日本橋の電材屋さんでワイヤレスマイクのキットを買い求め組立ててみたものの稼働せず、原因も掴めないまま頓挫しております。今ではトレインスコープもありますし小型のカムコーダを先頭車両に括り付けて運転士目線を得るなど多様に楽しめますが、ワイヤレスマイクを仕込んでの客車の車内音の再現は、簡便に至福のひとときを提供してくれる誠に魅力的なプレイスタイルでありました。
(2012.10.14wrote)

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第12話【オシ17進捗報告、発売時期について】

お待たせを致しておりますインテリアパネルキットオシ17の件ですが、製品化に際しインテリアについて改めて詳細を検証する過程に於いて、外観上は1次、2次、3次と一般的に大別されるオシ17の内装を細かく見て行くと、最低でも9タイプの仕様が認められ、さらに外観と内装の仕様変更が必ずしも同時に実施されていないことから、当初の製品仕様を変更せざるを得ない状況が生じ、以前にも書かせて頂きました「らしさ」表現の選択試行と相まって、毎度のこと乍ら都度悩ましく、各案件をクリアするのに多くの時間を要してしまいまして、現時点で若干の制作時間の上乗せが必要な見込みとなりましたことから、誠に勝手ながらお伝えしておりました年内発売は一旦延期致しまして年明けの出来るだけ早い時期の発売へと訂正させて頂きます。
ご予約のお客様を始めと致しまして、お待ちを頂いておりますみなさまへ、誠に申し訳なくご迷惑をお掛け致しますことを謹んでお詫び申し上げます。何卒ご容赦下さいますようお願い申し上げます。
製品はナロ10、オロ11同様の組立方式を踏襲し、インテリア構築の効果を発揮出来るよう配慮致しますとともに、弊社オリジナル視点による内装に着目した仕様分けを予定致しております。ご期待下さい。どうぞよろしくお願い申し上げます。
(2012.11.26wrote)

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第13話【趣味の王様】

現状日常の自身の製品化に於いてもまた前職の家電メーカーの現場に於いても同様でしたが、モノ作りのプロセスは工法、素材の選択などのアイデアを出して作ってみる、失敗をすれば原因を突き止め再度構想し直し実践を繰り返す、そのうち徐々に目的域に到達するというイメージで捉えることが出来ます。鉄道模型趣味がプロダクトを扱う趣味である以上、このモノ作りのプロセス抜きにしては語れない側面を有していることもまた事実であり(広く現状を見渡すに今日やや薄れつつ有る感ありですが)時には苦々しくも大きな楽しみのひとつであることに変わりありません。
よくよく考えてみますとプロセスを踏む過程は常に理想的な判断を下すための鍛錬の場であり、優れた判断に不可欠な想像力を育む場でもあると言えそうな気が致します。想像力の欠如が問題視されて久しい現代社会に於いて、鉄道模型趣味を通じて鍛えられた想像力に裏打ちされた判断力が、人生の時々で遭遇する右か左かの判断を迫られる状況にも是非役立てられたらと思う次第です。因に私の場合、役に立った覚えがないということはまだまだ鍛錬が足らんということなのでしょう。
(2012.11.26wrote)

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第14話【技術遺産の伝承】

開発中のオシ17も然り、愛好家のみなさんの中にも休日にいざ制作にかかろうとして不明な箇所に気がついて、徐に資料を漁り始めたらあっという間に日が暮れたという経験をお持ちの方がいらっしゃるかと思います。時代考証にインターネットという便利なツールが加わった現代でも、失われた技術遺産の掘り起こしには多くの手間を要することに変わりはないようです。
現役車両の模型化なら実物に会えば済む事も現役を終えた車両の模型化となると、例えば歴史遺産とされる中世や近世の有名な建物であっても「はっきりしたことは分かりませんが○○に使われていたものと思われます」といった表現を耳にすることがあるように、史実は経年とともに曖昧となる訳で、調べるうちに関連の文献の各記述に差異がみつかるなど、おいそれと事は進みません。かく言う私自身も記憶違いや長年の思い込みに惑わされることが度々あって、開発を振り返ると時代考証に最も多くの時間を費やしていることに気付かされます。

話は少し変わりますが、私が子供の頃はまだ写真愛好家の間でも女性専門を婦人科、子供専門を小児科と茶化し称す並びで鉄道写真家のことを心なくも精神科と揶揄するといった戦前からの風潮がどことなく残っていて、鉄道にカメラを向けること自体が奇異に映る時代でありましたから、今日の市民権を得た感のある鉄道趣味の定着ぶりには感慨深いものがあります。 放送局でも今や「鉄道」は確実に視聴率が取れるネタなのだそうで、相変わらず有料番組とは無縁のうちのテレビでも、番組のクオリィティーの話はさて置いて、過去に想像もしなかったボリュームで「鉄道番組」を楽しめるようになりました。少し前の放送でご覧になられた方もいらっしゃるかと思いますが、関西ローカルで毎回短く阪急電車の広報さんが電車ネタを紹介する番組が放送されました。その中で誠に珍しいことに「阪急電車のシートには創業以来あのテディベアにも使われているアンゴラヤギの純毛が使われているんですよ」と披露されておられました。表皮がアンゴラヤギであることは良く知られた事実ながら、何故か文献での紹介も少ないように常々感じていただけに、自分のことのように嬉しい気持ちになりました。「純毛やからどやねん」という向きもありますが、座ると必ずスリスリしたくなる独特の感触は、自分の中では阪急の原体験を今に伝える大切な設えと言えます。
またとある報道番組では、新幹線のマスコンとブレーキの各ハンドルの配置が電車とは異なるのは何故といった話題にゲストとして登場していた向谷実さんが「確か電気機関車の?」「いやいや」と発言に迷う場面がありました。マスコンが右にあるのは東海道新幹線の開業に際し新幹線運転士を、当時運転技能者として最も優秀とされていた蒸気機関車の機関士の中から選抜し養成した経緯によるものでしたが、向谷さんといえば私と同学年で同じ鉄道時代を過ごされた言わば同士で、私自身も同様に、その当時に話題となった事柄をリアルタイムに経験していても、史実は経年により曖昧に薄れて行くものであることについて改めて意識をした次第です。自由闊達なネットの世界でも、若い世代のみなさんの間で、客車の食堂車の喫煙室について「分煙や禁煙といった概念が無かった時代に何故喫煙室なのだろう」といった尤もな疑問が生じており、食堂車の喫煙室は空席待ちの待合スペースであった史実についてもそろそろ忘れ去られようとしていることに気付かされます。

技術遺産はそれがビジネス上に成立するプロダクトである以上、全部とは申しませんが博物館の展示の有り様にも見て取れるように、未来ヘと正しい姿で残すには常に困難を伴います。蒸気機関車の復活運転も、それ自体が技術遺産の伝承そのものであり大変素晴らしく歓迎すべき事でありますが、残念なことに運行時には蒸気圧を抑制しなければならない制約からは逃れられません。天賞堂さんのカンタムD51発表時のアナウンスに「安全弁音」とあるのを見つけ、あの懐かしい音が聴きたい!と心躍りましたが、現物はシャーといったか細いサウンドでした。ある模型屋さんの話では、来店された年配のお客様がカンタムサウンドを聴いて、現役の音とは違うねと感想を漏らされていたそうです。私の原体験の中にある安全弁音も、ホームに待機するC59やD51の安全弁が作用し勢い良く蒸気が発せられると、顔の目の前の空気まで震わせてしまうようなブルブルブルブルといった野太い連続音でした。以前の勤務先の上司に欧州の博物館で撮って来られたというレプリカの第二次大戦時代の戦闘機コクピットの計器盤の画像を見せて頂いたことがあり、航空機のことはさっぱりの私でもその出来栄えのあまりの美しさに驚嘆したことがありました。実のところは素材の調達から途絶えた工作技術の復活まで膨大な費用と時間が必要なレプリカですが、ドイツの1号機関車アドラー号をレプリカで作成し走らせてしまうように、欧州ではレプリカによる技術遺産の伝承が手段として定着しつつあるのかと、美しい計器盤を見ても納得が行きますし、文化遺産への投資に寛容な社会環境を羨ましく思う次第です。
(2012.11.27wrote)

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第15話【幼い頃の乗車体験】

記憶の風化を意識して幼かった頃の体験を振り返ります。

人生初の長距離列車への乗車体験は第6話に書かせて頂きましたPC時代の「かもめ」でしたが、それ自体は本人の記憶にない時期の出来事で、次に訪れた長距離列車への乗車は本人の記憶にも残る急行「玄海」でした。3等級制は既に廃止された後の昭和36年の恐らくは10月以降の頃と思われます。黒崎か八幡在住の時代ですから、小倉から三ノ宮までの乗車だったのでしょう。木目に覆われていて大きな弧を描く上段寝台が迫る寝台空間、朝寝台解体が始まると向かい合わせのロングシートに変貌する様は間違い無くマロネ29でした。寝台長1780ミリ×幅およそ600ミリの所謂C1等寝台車です。良く添い寝が出来たものと思いますが、当時は母親も細かったということで。実はダイヤが大幅に乱れ到着が遅れたことで、空腹に凹んでいると居合わせた乗客のおばちゃんにキャラメルを一粒頂いたことを鮮明に覚えております。4歳だった自分に遅れた理由を理解する能力はまだ身についておりませんでしたし、何故マシ29を利用しなかったのか?出来なかったのか?来年は父親の13回忌及び母親の23回忌と既に両親とも他界した今となっては真相は永遠に闇の中です。幼い頃の曖昧な鉄体験の謎は肉親が健在な内にしっかりと確かめておくべきことのようです。

主に北九州で過ごした昭和30年代は、庶民が休日に何処かへ出掛ける際の足といえば鉄道でした。輸送力が追いつかず何処へ行くにも混雑するのが当たり前の鉄道が主役の時代でした。そんな時代に鉄にまつわる2つの思い出があります。2つとも父親とどこかへ出掛けた帰りの思い出なのですが鉄の性根とでも申しましょうか、何処へ出掛けたのかは全く覚えがございません。
そのうちのひとつは陽もとっぷりと暮れた頃に乗車した蒸気機関車が牽引する普通列車の思い出です。車内はひどく混んでいてようやくデッキに収まると、貫通扉越しに隣の車両が視界に入りそこは眩いばかりの室内灯に照らされた真っ白なシートカバーが整然と並ぶ、しかも乗客がひとりも乗っていない別世界でした。何度思い返しても白布に覆われていた座席は特ロシートの形状でしたから恐らくはスロ54だったと言えそうです。家に帰れば茶の間の照明は二股コンセント付きの裸電球が1個の時代でしたから、真っ白な蛍光灯の明るさは恐ろしく感じるほどでした。そしてこんなに混んでいるのに何故隣へ行けないのか?と素朴な疑問が消えぬまま下車します。果たしてその時父親にそのことを訊ねたのかの記憶も全く思い出せません。
もうひとつも混雑する車内、今度はディーゼルカーでの出来事です。キハ10系列キハ17、キハ11といったあたりでしょうか?当時の北九州ローカルには長編成の(当時の記述に沿って申せば)ジーゼル列車が豪快に走りまわっていました。客車も然りですが、小さな体格の子供にとって、ステップのある乗降口への乗車は気合いの入る結構な難行です。父親に注意するよう言われた矢先、乗降口に殺到する大勢の乗客に押された拍子にその日はホームの隙間に靴を片方落としてしまうハメに。靴下越しの油の染みた板貼り床の感触はなんとも気持ち悪く、奥へ進むことが出来ずにそのままデッキに佇むと、壁に見慣れない設えがあることに俄然興味が湧いて、見ている傍から父親がパタリとその補助椅子を出しそこに座らされると不快な感触から開放されようやく一段落という、惨めながらも有り難い補助椅子初乗車体験となりました。今でも補助椅子のお世話になるたびに思い出されるほろ苦い思い出です。
(2012.11.29wrote)

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第16話【食堂車の想い出】

今年も明日1日を残すのみ、メーカー勤務時代は比較的多めのお正月休みを満喫しましたが、その日暮らしの零細事業主と致しましては立ち止まる訳にも参らず本日も次期新製品オシ17の開発に追われております。オシ17への乗車体験は以前に第6話で申し上げましたが、開発の過程で食堂車に関連する文献や資料に触れる度にその特別なイベントだった過去の記憶が蘇ります。

今日食堂車が残る「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエキスプレス」の何れにも残念ながらまだお世話になる機会が無く、私の食堂車体験はつらつら思い返すに余り記憶が確かでは無いのですが、1977年頃の0系新幹線36形が最後のようです。随分以前のことかと鉄ちゃんとしてはよろしく無いなぁと神妙な気持ちになってしまいます。所用で夕刻姫路から博多へ向かう新幹線に乗車した時の事でしたが、博多開業時に走り始めた待望の新幹線食堂車を利用しない手は無いと、いそいそと8号車へ向かうと、期待の、車体幅を活かし通路を隔て通り抜け客を分離することで得られるメリットを発揮した、登場時のシックなインテリアのものでは無く、「富士山が見えない!」とのお叱りに対応した、通路側にも窓を並べた落ち着かない仕様の方でした。窓があればつい覗くのが人間の心理で、通り抜け客に晒されるのはご免と海側のテーブルに席を取り、懐と相談の上ビーフシチューがメインの定食のようなものを食しました。味は可もなく不可もなく、でも決して不味くはありませんでした。それよりトンネルは多いものの車窓に流れる夕暮れの瀬戸内の景色も同時に味わえる食堂車はやはり格別なものでした。嗚呼!それにしてもと山側の通路を隔てる壁の窓が気になるばかりでした。例えば全面に縦格子を配したガラス壁にするなどして落ち着きを保ちつつ要望に応えて欲しかったなぁと勝手な妄想が膨らみつつ食後のコーヒーを頂いて食堂車を後にします。

よろしくないと評されることの多かった食堂車の味について、好印象だったのがキシ80の「みどり」「かもめ」でした。九州在住の時代やはり熊本へ転居してからの小学生時代が、最も頻繁に母親の里帰りで神戸へ行く機会に恵まれ、対関西圏なので憧れの20系「はやぶさ」「みずほ」には縁がなく、「阿蘇」「天草」「ひのくに」のお世話になるうちに、サン・ロク・トオにより全国に気動車特急網が整備され始めると、1964年10月1日の東海道新幹線開業時に、ようやく熊本にも新大阪と結ぶ初の昼行特急「みどり」が、新鋭キハ82系気動車で運行が開始され、「みどり」を利用する機会が訪れました。(現代ではキハ80系と総称する事の方が一般的なようですが、世代的な所為か、キハ81を登用した初代特急気動車「はつかり」形の改良版に敬意を表して、82系と呼称したくなってしまいます)貫通型でありながら端正な顔立ち、のびやかなパノラミックウインドウ、新幹線電車が登場してもなお憧れの存在であり続けた電車特急「こだま」を彷彿とさせる麗しいサイドビュー、そして初めて生音に触れることが叶った特急仕様独特の低音の効いたタイフォン音と、たちまち眩いばかりの勇姿の虜になりました。「みどり」の乗車記はまた別の機会と致しまして、それから1年後には熊本まで電化されて「みどり」は熊本ルートを外れ、遂にそれまで博多止まりだった「つばめ」がやって来ました。未熟な小学生の知識では「あのパーラーカーがやって来る」と信じて疑わなかったので、新鋭481系がお披露目された熊本駅で開催の事前車両展示会では「何かが違うぞ、おでこにヒゲがある!」と混乱し、そこで初めて交流電化についても知るところになりました。以降里帰り旅は「つばめ」のお世話になる訳ですが、出発の儀式であるブレーキ緩め確認のため動き始めるや否や一旦ノッチが戻され暫くの惰行のあと再び力行に転じてするすると加速して行く瞬間がたまらなく好きでした。キハ82系のトラップドアの廃された床から聞こえるDMH17Hエンジンのキハ58系ともやや異なる風格あるエンジン音といい、481系もそうでしたが静音に配慮された有孔天井といい、カレチのアナウンスがまだ「特別急行列車つばめ号名古屋行きです」だった、特急が特別な車両空間であった時代でした。
話が随分と脱線しましたが、481系「つばめ」運行開始と同時に、それまで長崎・宮崎ー京都間を結んでいたキハ82系「かもめ」が日豊ルートを「いそかぜ」に託し、長崎・西鹿児島ー京都間に改められたことで熊本にも「かもめ」が走ることになり、「つばめ」の他に「かもめ」に乗車する機会も訪れました。「みどり」「つばめ」「かもめ」と昼行特急を利用する際にはお昼時に良く食堂車を利用したお陰で、キシ80、サシ481と今となっては大変有り難く貴重な乗車体験に恵まれたことになりますが、大概カレーライスなどの単品モノを頂きました。その中で「みどり」「かもめ」の食堂車だけは特別に旨かった記憶が残ります。未成熟な子供の馬鹿舌でそう感じたのですから確かに旨かったのだろうと今でも確信しています。そうです、「みどり」「かもめ」の担当は日本食堂ではなく都ホテルなのでした。日本食堂も元を辿れば6社の合併会社ですし、それぞれに工夫を凝らした現場の競争があったのだろうなと興味は尽きません。以後「つばめ」のサシ581、「あかつき」の貴重なナシ20、「みずほ」のオシ14とそれぞれに思い出深い食堂車乗車体験は続きますが、「かもめ」のキシ80以降都ホテル営業の食堂車に再び乗り合わせる機会は二度と訪れませんでした。

かつて30代の後半だったころの4年ほど、山陽本線の東加古川駅から大阪市営地下鉄谷町線の大日駅までの所要片道2時間半弱を毎日通勤していた時代がありました。今は廃止されていますが、当時はフレックス勤務が可能でしたので、往路はなるべく座れるようにと快速を利用しましたが、復路は殆ど残業で遅い時刻に大阪駅から新快速に乗車していました。先ず座れることは無く、芦屋や三ノ宮でも満席で、西明石でやっと空くのですが、東加古川利用の私は、西明石で快速に乗換えるため結局立ち席が日常でした。空腹の余り心の中で「どうせ立ちっ放しなら全車両ショットバーにして欲しいわ」と何度呟いたことでしょう。来秋に運行開始予定の、私など値段を聞いただけで驚愕の、将来も無縁であろうJR九州さんの「ななつ星」が、どう仕上がり、どう歓迎され根付くのか、興味津々ですが、食いしん坊の鉄ちゃんと致しましては、食と鉄道の心地よい在り方に期待をこめて見守りたいと思う次第です。
(2012.12.30wrote)

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第17話【駅弁のお話し】

鉄ちゃんあるあるとでも申しましょうか、お正月に美しく重詰めされたお節料理を美味しく頂いていると、不意に頭の中に「駅弁」の二文字、或は「汽車弁当」の四文字がきっと過るはず?の同士の皆様へ、年初のコラムは駅弁のお話しにて発車を致します。

食堂車営業が特殊に限定される今日、郷土色豊かに全国各地に展開し益々華やかさを増す駅弁は、車窓を肴に食事を味わう愉しみを提供してくれる鉄道好き、旅好きにとっては尚更の貴重で有り難い存在と言えましょう。サラリーマン時代、東京日帰り出張では、帰りの夕食は八重洲大丸の地下食料品売場で買い求めるサラリーマン御用達の崎陽軒のシウマイ弁当と缶ビールでした。たまに売り切れることがあるので、時間に余裕のある時は真っ先に買い求め、発車時刻までは以前日本橋口にあったホビーショップモアさんの出店(今はどうなっているのでしょう?)で模型鑑賞を楽しむのがお決まりのコースでした。以前お話しした通り、たまに新幹線を回避し自腹を切って、サンライズ瀬戸出雲に変更した際は焼売のみを買って置き、八重洲の地下街でゆっくりと寿司を摘んだ後の車内でのビールのアテとして愉しみました。因に生粋の関西人の母親の元で育った関西舌の持ち主である私の東京出張時の食事は寿司、蕎麦、とんかつといつも心に決めておりました。特にお寿司は最後の晩餐にと決めているほどの好物ですので、回転寿司から既にハイレベルやなぁと常々感心する東京のお寿司屋さんは大概美味しくて絶対に外せません。

また話しが逸れてしまいましたが、百貨店で開かれる全国駅弁大会でも焼売といえば人気の崎陽軒さんが常連ですが、私にとって忘れられない焼売がありまして、それは45年ほど前に鹿児島本線鳥栖駅で売られていた中央軒の焼売です。キハ55系準急「くまがわ」乗車時やその後の電車急行など、鳥栖駅に停車する窓の開く列車で旅する際は、必ずといって良い程駅売りの焼売を楽しみにしておりました。ニンニクの風味が効いていて適度に柔らかな食感の旨味の強い餡の味わいは本当に美味しくて、私の中では駅弁の焼売といえば鳥栖の焼売が日本一では?と思う程であります。詳しいことはわかりませんが、長らくご無沙汰の間に色々とアレンジされていたようなのですが、現在は嬉しいことに昔ながらの焼売が復刻されているそうで、大人の今是非ともビールとともに味わってみたいと思う逸品です。

復刻といえば、見た目は普通の、寧ろ地味にさえ思えるほどの幕の内弁当ながら、お惣菜のひとつひとつが丁寧に作られていて、お酒のアテにもなり時々無性に食べたくなるのが、大阪駅で売られていた水了軒さんの「八角弁当」でした。2010年4月の寝耳に水の水了軒さんの倒産で「八角弁当」も消滅してしまいましたが、1年後に経営権を引き継いだ別の会社の元で復活してくれました。私が以前の勤務先を退職して通勤で大阪駅を経由しなくなった後の事ですので、復刻版「八角弁当」には今のところまだありついておりませんが、水了軒の八角弁当として販売されているようですので、以前と変わりないことを祈るばかりです。

なかなかありつけない駅弁といえば地元神戸の駅弁屋さんで製造工場も同じ区内にある淡路屋さんの「しゃぶしゃぶ弁当松風」です。大阪ー神戸間鉄道開業100周年を記念して1974年に誕生した駅弁ですが、熊本在住の高校生の時代の或る日に神戸から帰って来た母親が夕食用に買って来たのが最初の出会いで、当時1,000円という駅弁では考えられない価格にも驚きましたが、甘く柔らかなお肉に出汁の味がしっかりと染んだつけ合わせの野菜、爽やかな紅葉おろしとどれをとっても温かい鍋料理であるべきしゃぶしゃぶを冷たいお弁当に仕立てた工夫が凄くて、さらにご飯がやたら美味しく感動ものの駅弁でした。今日のようにしゃぶしゃぶ自体がそれほど身近な料理では無かった時代でしたから尚更感動したのかも知れませんが、その後もたまに食した「松風」の美味しさが変わることはありませんでした。販売当初から駅や百貨店の売場などでもすぐに売り切れしまい買いそびれることの多かったお弁当でしたが、ここ何年も全く見当たらず恋しさが募ります。余りにもご無沙汰なので気になって、今回の記述のため淡路屋さんのホームページを覗いてみると、「松風」のところに赤文字で「要予約」と表示されておりました。どうりで見かけないはずです。

最後に「松風」以上に忘れられない恋しい駅弁のお話しを。それは鹿児島本線の北九州は折尾駅で今も売られている東筑軒さんの「かしわめし」です。鳥出汁の炊き込みご飯の上でトリコロールカラーよろしく甘辛いかしわのほぐし身と錦糸卵と刻み海苔がそれぞれ面になって仲良く隣り合うお馴染みの駅弁です。博多駅や小倉駅などでも同様のスタイルで「かしわめし」は売られていますがなんといっても折尾の「かしわめし」は旨味が一段図抜けていて北九州在住時代もかしわめしを買うためだけに父親に連れられわざわざ折尾まで出掛けた覚えが何度かあります。百貨店の駅弁大会でもなかなかお目にかかれずお預けの状態が随分長らく続きます。毎年思いながら実現出来ておりませんが今年こそ折尾のかしわめしと鳥栖の焼売を求めて、未だに殆ど乗車体験の無いJR九州さんの水戸岡ワールド全開の列車旅を楽しんでみたいものです。
(2013.01.03wrote)

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第18話【活用事例】

トップページにてお知らせを致しております通り、先月のRM MODELS誌211号に弊社製品インテリアパネルキットオロ11の活用事例記事が掲載されました。
少しばかり掲載の経緯を披露致しますと、以前、同誌201号の新製品紹介欄Parts&Accessoriesのコーナーで弊社製品をご紹介頂いた際にお届けしていた製品サンプルを、たまたまご覧になられたモデラーの方が興味を持たれたことがきっかけとなって編集部様のご厚意により実現した企画です。
記事の為にFUJI MODEL様からも製品のご提供を頂いたと伺って、なかなか露出もままならない弊社のような零細メーカーに好機を与えて頂いた事について、改めて関係の皆様へ感謝する次第です。

制作をされた板橋俊明さんといえばTV番組でもお見掛けをする方ですが、インジェクションモデルと隣合っても違和感の無い佇まいへとバランス良く仕上げられたハイセンスな手腕は流石です。床板の軽量化や床面のグレー塗装、或はスロ54への展開などの独自のアイデアを拝見致しますと、そこに、これまでにお買い上げ下さいましたお客様との時折のやりとりの中にも垣間見える「お楽しみの考案や工夫」の跡が透けて見えて参ります。未だに様々に困難を伴うのが実情の製品開発・提供ですが、決意を新たにする次第です。

ところで、記事にて弊社インテリアパネルキットの印刷表現方式について「・・・立体感にかけると思われたが、完成して車外から覗くと立体的に見える。」と評して頂きました。
イラストによってHゴムやドアノブ等の立体物を表現してしまう弊社の方式は、小職が趣味人として長らく楽しんで来た手法が元ですが、製品化の際には陰影描写を強化してより実感的になるよう、趣味時代には省略していた描き込みを、例えば影の面については異なる影を何重にも重ね合わせるようにするなど、細かく強化致しました。しかし折角描き込んだ描画も実際の印刷となると、出力機の印刷能力を越える範疇に相当するデータは曖昧に処理されるため、目に見えての効果が得られないのが現状です。線数を調整しオフセット印刷でこの問題を克服する手段もありますが、オフセット印刷では容易く得られない見た目の塗装感の高さを理由として、印刷にはご家庭でもお馴染みのインクジェット出力機を使いますので、根本的な解決法が見当たらないのが現状です。
しかし不思議な事に、細かく描き込んだデータと、出力機の能力を見越して描画を抑えたデータとを同様に印刷し車内に貼り込んでみると、細かく描き込んだデータでの出力描画の方が、データ通りに再現されない箇所があるにも係わらず明らかに立体感が増大します。
この不思議な現象について、どんなメカニズムが潜むのか興味は尽きませんが、例えて言うならば、人の可聴範囲を元に規格化されたコンパクトディスクプレイヤーが再生する音源に対して、CDを遥かに越える40000Hzや60000Hzといった不可聴領域まで再生するアナログカートリッジでのレコードプレイヤーの音源の方が、明らかに重厚で異なって聴こえる事実が物語るように、数値では量れないところでの人の五感と物との関係性に何か理由があるのでは?と考える次第です。
実際に細かい描画の描き込みは、土台となるPC関連の環境維持を始めとして、作成から管理まで誠に手間のかかる作業の連続で、お商売的にも決して効率の良いものではありませんが、この度の記事で評して下さいましたことは何よりの励みとなりました。 弊社の特徴として今後も積極的に活かして参りたいと思います。
(2013.02.24wrote)

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第19話【星さんを偲んで】

ネット販売店と致しましては異例の事ですが、先日お客様にお目にかかる機会があり、私と同じく星晃さんのファンと仰るそのお客様から、昨年末に星さんが亡くなられた事を伺いました。

昨年の12月8日に横浜のご自宅で逝去されたそうで、この仕事を始めてからは尚更、なんとか一度はお目にかかりたいものと密かに微かな望みを抱いておりましたが、遂に叶わぬ夢となりました。星さんの偉業は今更申し上げるまでもありませんが、開発中のオシ17も然り、世界初の電車寝台581系・583系に至る私の大好きな殆どの車両達の開発に尽力された星さんは、以前にも申しました通り、正しく名プロデューサーでした。この先もう新たに星さんの鉄道愛に溢れる清廉な著述に触れることも無くなるのかと思うと残念でなりません。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

星さんの偉業に触れる度々、長らく組織の一員として働いて来た経験からも(文才の無い私の言葉が適切であるかどうか、不安ですが敢えて申し上げますと)目的を見据えた上での正しい道筋を歩み続けることの大切さを感じる訳ですが、組織内外の様々な事情が絡み合う世界で、目的を見失うことなく達成することの困難さは計り知れません。私自身、振り返ると蘇るのは「こうして置けば良かった」と思う苦い出来事ばかりで、常に悩ましさを伴いながらやり過ごして来たと申せます。
こうした経験から、起業の際にも当然に正しい道筋はテーマとなりました。鉄道模型という趣味上の極めて私的な商品を扱う業界といえども、お商売である以上はタブーとされる手法など、やりたくても出来ないこと、踏み込めない領域がやはり存在するようで、そうしたことが商品とユーザーとの乖離を生む事も容易に想像されます。一昨年来、少しずつではありますが企画・制作をした商品が、誠に有り難い事に興味を示して下さったお客様にお買い上げを頂くという実積を重ねて参りますと、あくまで製品に限られることですが、プロフェッショナルとしてあるべき姿形にまとめる意識はさて置いて、やはり模型としての可能性を高めることに注力すべき事がなにより肝要と、改めて認識を致します。
弊社は所謂、マンションメーカー、ガレージメーカーと称する類いで、事務所兼作業場としております居所も先代が中古で購入した物件で、他界後に相続したマンションの一室です。蛇足ながら関西の一等地と謳われる地にたまたまに所在するために、金持ちの道楽では?と誤解を招かれそうですが、実体は資産がある訳でも、他に安定した収入がある訳でも無い、単なる鉄道好きの小市民が毎日必死のパッチで運営するメーカーです。得体の知れない零細メーカーの商品でありながら、これまでお買い上げを下さいましたお客様に、改めまして深く感謝を申し上げますとともに、新たなお客様のご来店、一期一会を楽しみに、お待ち申し上げます。

偉大なる先駆者を偲んで、足元にも及ばない自身を振り返る一文と致します。合掌。
(2013.02.25wrote)

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第20話【インテリアパネルキット オシ17概要】

随分とお待たせを致しまして皆様へご迷惑をお掛け致しております次期商品の「インテリアパネルキット オシ17」について、画像の準備が未だに整っておらず文章でのご紹介となりますが、以下に概要をお知らせ申し上げます。

キットはナロ10、オロ11と同様に内装をイラストで表現し、窓抜きを済ませたパネル部品で構成されます。①-③位側面と②-④位側面内部に側パネルを貼付け、側パネルに設置済みの支柱に橋渡す方式で、中妻パネル、車掌室の仕切り、喫煙室椅子、料理室ユニット(調理室、厨房などと呼称されますが、VC図面標記に従い、部品名には「料理室」を採用します)、料理室脇の通路扉、勘定台前のパーテーションと、それぞれに装着済みの両面テープで貼付けて行きます。試作品(発売予定品のページに掲載しておりますオシ17)では、床面とともに食堂テーブル・椅子を1パーツにユニット化しておりましたが、腰板部の重複の解消など細部を見直した結果、個々のパーツを貼付けて頂く方式に変更致しました。この度もフジモデル製オシ17を対象としたインテリアキットとなります。

オシ17の1次形、2次形、3次形に大別される外観の仕様違いに対して、インテリアパネルキットは、内装の変遷に沿って、1次形、2次形に適合するType1、3次形のうちオシ1711〜13に適合するType2a、同じく3次形のオシ1714・15及び電暖車として登場したオシ172051〜55に適合するType2b、3次形の最終形となるオシ1716以降に適合するType2cの計4タイプを提供致します。(対照表pdf

ナロ10、オロ11にも装備しております側パネル取付の際のレベル合わせに必要となるスペーサについて、フジモデル様製品の食堂側窓にはナロやオロのようにサッシがありませんので、今回は食堂窓部に貼付けることでスペーサの機能を兼ねるメタリックシルバーのサッシ窓を同梱します。実車の初期の開閉式の2重窓方式のものと、複層ガラス化されて外観からもサッシ枠が露出しなくなったタイプのものとを製品化致しまして、それぞれの仕様に合うものを同梱致します。

喫煙室・車掌室と食堂とを間仕切る中妻には、今回天地方向に若干の余裕が出ることから印象的な掛け時計、拡声器(オシ1716以降は幕板上部に移行します)の他に、号車札、オシ1713まで存在した型式ブレートをイラストにより表現致します。号車札、型式プレートともに添付のシールからお好みの番号をお選び頂けます。号車札は歴代の特急、急行時代の編成位置を網羅した2〜9号車を、型式プレートはオシ171〜13及び、後の電暖化改造で改番されたオシ17のうち、中妻に型式プレートを掲げていたオシ172005・2006・2008・2009を収録致します。中妻の扉は、金属製のタイプのものと、後にプラスチック製に置き代わりシースルー化されたものとを作り分けました。金属製タイプのうち、窓下のルーバーが異なる形状となるオシ171〜4については、お客様が添付のシールを貼付けて表現して頂く方式と致しました。

料理室ユニットは、食堂側のハッチカウンタラック・引出しテーブルから④位側の物置部分までをひとまとめにしたもので、②-④位側パネルの所定の位置に貼付けます。料理室内部は、簡単な表現となりますが、カウンタ、石炭レンジ、デシャップ台、流し台、(大形)冷蔵庫などを配置済みと致します。ハッチカウンタのラック及び引き出し形状についても変遷に沿い2種類に作り分けを致します。また料理室脇通路にある扉も同梱致します。尚、③位端の物置と手洗い器については、死角になることから省略致しました。また勘定台と飲料水タンクについてもパーテーション取付けの関係から表現しておりません。

車掌室には、ナロ10、オロ11同様に椅子が付きます。喫煙室は1・2次形と3次形の仕様に作り分けを致します。尚、1・2次形喫煙室の非常扉横に設置されていた手洗い器は補助椅子背面の壁により死角となることから省略しております。

勘定台前のパーテーションについて、オシ1716以降の小変更で勘定台前の柱が車体中央寄りに向かって僅かに傾斜しますが、印象に影響する程の傾斜では無いため傾斜の表現はしておりません。パーテーション食堂側の面の拡声器及び天井近くの抑え金具についても変遷による有無の作り分けを致しました。

テーブルは試作品(発売予定品のページに掲載しておりますオシ17)同様に厚紙を素材としたものになります。椅子についても試作品同様の厚紙製のシートとアルミ棒を用いた脚によるパーツとなります。後年に背ずりが逆三角形形状の食堂椅子が追加されましたが、構造上差別化が困難なため作り分けは致しません。
椅子の背ずり・座面の色調について、当初のエンジ色に加えて焦茶色がオシ175以降に追加されました。同時に掛け時計の地色にも焦げ茶が追加されておりますので、4タイプの製品それぞれについて、赤又は焦茶の仕様を選択出来るよう検討をしております。(本件の実施は現時点では未定です)

以上です。本件について今後も適宜お知らせをして参ります。
(2013.02.25wrote)

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