INDEX:

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第21話【史実の風化】
第22話【C59と急行「ひのくに」】
第23話【阪急電車の憂鬱】
第24話【オシ17進捗】
第25話【新製品の話題、あれこれ】
第26話【新製品「オロネ10寝台表皮」開発顛末】
第27話【汽車・電車・列車】
第28話【インテリアパネルキット オシ17】
第29話【楽しむということ】
第30話【楽しむということ2〜もう一方のレイアウト】

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※第41話〜へ進む

 

 

第21話【史実の風化】

漏れ聞くところに寄れば、模型業界でも開発の過程で星さんにご教示を頂くことがあったそうで、やはりこの先の史実の風化が気掛りとなります。

車両そのものの話しではありませんが、次期商品として開発中のオシ17に関連することとして、急行「霧島」に使用されていたオシ17は昭和45年10月のダイヤ改正で「霧島」が「桜島」と改称された際に運用から外れる旨の記述をネットでも目にします。先般製品活用事例をご紹介頂いたRM MODELS211号記事中の編成史実例の紹介のところでも同様に扱われておりました。
以前にも書かせて頂いたように私は実際に急行「桜島」でのオシ17への乗車体験があり、こうなると人間一気に不安になるもので、早速手元にある1971年5月号の時刻表で確認してみると、急行「桜島」にちゃんと食堂車は連結されておりひと安心した次第です。
ご年配、ご同輩のみなさまに於かれましては周知の事ですし、模型の楽しみ方はひとそれぞれに自由自在であるべきと心得ますので目くじらを立てることではありませんが、よもや定説のごとく広まる事態となれば、時代の経験者としては一抹の淋しさを覚え、不思議な感覚に陥ります。
(2013.02.25wrote)

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第22話【C59と急行「ひのくに」】

新製品「インテリアパネルキット オシ17」の発売が侭ならず、皆様へ多大なご迷惑をお掛け致しておりますこと、改めてお詫び申し上げます。
遅延についての詳細は何を申し上げても言い訳に他ならない故、公表は致しませんが、より良い製品となるよう細部の詰めを実施して参ります。今暫くのお時間を頂戴致しますこと、何卒ご容赦下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。

ところで最近よく放映される、疾走する蒸気機関車と男前俳優が登場する通信会社のTVCMを目にする度に、(お察しの通りですが)ややリバース気味に前下がりのラジアスロッドの位置が、鉄ちゃんと致しましては、どうでも良いことながら、どうも気になって仕方ありません。
(少々強引ながら)私にとりましてナンバーワンの国鉄型の蒸気機関車といえば、島安次郎、島秀雄親子のバトンリレーにより確立されたとされる、制式蒸気機関車の集大成であり、また高速旅客用機関車として、乗員の環境に配慮したキャブスペースの拡大や、現場には不評であったものの、珍しく意匠に拘った美しいテンダー形態など、余裕ある設計とでも申しましょうか、皮肉にも厳しい世相へと向かう最中の太平洋戦争突入前夜に、一瞬だけ花開いた、技術陣の自信の現れとも見て取れる姿形がなんとも魅力的な、自身にとっても馴染み深い、C59に至ります。

C59の牽引で度々お世話になった列車といえば、急行「ひのくに」の熊本ー三宮間 での乗車でした。昭和36年のデビュー当初から、ヨン・サン・トオにより、583系特急「明星」に使命を引き継いで退くまでの間、何度もお世話になった思い出の夜行急行列車です。デビュー間もない頃は、当時の慢性的なハネ不足の時代を反映し、真新しいオロネ10、ナハネ11に加えて指定席扱いのハザ車が数両連結されていましたが、その後ハネ不足の切り札として増備が進むスハネ30に徐々に置き換わると、依然ハネフ供給の見通しの立たない上り方緩急車のハフ1両を除いては、堂々のオール寝台編成となって、スハネ30がズラリと連なり出発を待つホームに佇む姿には、殊に冬期などは各車端からSG暖房のスチームが立ち上り、なんとも旅情を掻立てられる風情に溢れており、都度そそられました。
昭和39年に入ると、青15号塗色のオハネ17がお目見えし、スハネ30など他の車両についても、段々と青15号への塗色変更が開始され、なんとも微妙な近代化の印象を受けましたが、確かその翌年にはハネの冷房化も始まって、昭和42年にはオロネ10、スハネ16、オハネフ12と役者揃いの堂々の14両編成の寝台急行列車として有終の美を飾る事となる訳で、今にして思えば、衰退期の無い希有な列車であったような気がします。と、同時に、列車編成にその時々の国鉄のお家の事情を色濃く反映していた列車であったようでもあります。
いつの頃からかはハッキリとは覚えていないのですが、急行「ひのくに」のカレチのアナウンスには、「この列車は寝台専用列車です」というフレーズが含まれていたと記憶しております。それが、指定席扱いのハザ(ハフ)車がまだ残されていた時代から既に成されていたと思えてならないのですが、そうであったとすれば、悲願の寝台急行列車への現場の想いと心意気に溢れるエピソードではなかろうかと、勝手気侭な想像が膨らみます。

さて、肝心のC59のお話はここからなのですが、急行「ひのくに」デビュー当時の沿線の電化状況は岡山(倉敷)以東、及び久留米ー小郡間でしたが、その後山陽側は昭和37年5月には三原まで西進し、昭和39年10月に新幹線開業とともに山陽本線は全線電化され、翌、昭和40年9月に電化は熊本まで南進しますので、C59牽引の時代はここまでとなった訳ですが、前年の山陽本線が全線電化されるまでの間の長きに渡り、急行「ひのくに」は九州島内をC59が牽引し、関門トンネル仕業のEF30を挟んで、山陽路はC62とEF58の牽引でした。
実はこの時代の「ひのくに」に乗車する度に感じていたある不思議な現象があって、それは例えば熊本から上り「ひのくに」に乗車して、列車が巡航域に入ると必ずといって良い程あらわれる、緩やかな前後揺動、つまり列車の進行方向に向かって車体自体が一定のリズムで極めて穏やかに前後に揺すられるという、他で経験のない独特の揺れを感じておりました。そしてその揺れは関門を越え山陽路に入ると全く感じなくなってしまうことから、子供心に不思議で仕方無く、長い間の謎でした。
後に、C59についての文献に前後揺動の発生がC59の特性として挙げられているのを発見して、謎は解けるに至りましたが、如何なる理由で前後揺動が発生していたのかについては不覚にも失念してしまい、機会があれば再度調べ直してみたいと思う次第です。

鉄道愛好家の多くの皆様の興味の対象は、巨大な鉄道システムが齎す多種多様なジャンルに、恐らくは一様に、また自然と、広々と興味の対象として捉えられてしまうものではなかろうかと、常日頃思う私にとりまして、昨今の○○鉄といったジャンル分けについて、つい苦々しく思うところありますが、それはそれとして自身を振り返ると、中でも内装の設えや、身体に触れる部分も含めた乗り心地に、どうやら子供の頃から異常に惹き付けられる傾向にあるような気が致します。微妙な乗り味の違いを乗り比べすることもまた鉄の愉しみのひとつであろうかと思う訳ですが、もし出来る事ならば、もう一度だけで良いので、C59に引かれる証しとも言えるあの緩やかな前後揺動を、心行く迄、味わってみたいものです。
(2013.03.31wrote)

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懐かしの西宮北口平面クロスを跨いで、今津へ向かう宝塚線920・950形4連
幅広貫通も懐かしい975車内























アンゴラヤギのテレンプ地にウールで縞模様を折り込んだ8000系クロスシート(9300系に於いても保たれて欲しかったクオリティ)















































































































































御影をあとに梅田を目指す1100形各停(架線柱まで塗り揃えた阪急マルーン病蔓延の頃)





































920形運転台

3000系運転台

6300系運転台
※型式は違えど同位置にATS表示器






































西灘時代の王寺公園駅を通過する2200系梅田行特急

側窓が廃止された箇所の天井灯は常時点灯

























































































810形(872)の、カットレスレンズで覆ったシールドビーム2灯化改造(みっともないブタ鼻とならず普及して欲しかった好例)

千里線710形シールドビーム2灯化事例(2000形以降の前照灯の活用例)

最小限の手当で小綺麗にまとまった2800形3扉化改造











夙川を通過し梅田へ向かう2000形特急











豊橋行き名鉄7000系パノラマカー先頭席から、同士のすれ違いを展望(手前はユニットクーラーのグリル)

第23話【阪急電車の憂鬱】

当初の予定から大幅にお待たせを致します次期新製品インテリアパネルキットオシ17開発の進捗状況は、未だに素材の見直しや調達などの課題に追われ、なかなか発売日をお知らせするに至らず、誠に申し訳ございません。事業者として誠にお恥ずかしい限りですが、あと暫くのお時間を頂戴致しますこと、何卒ご容赦下さいますようお願い申し上げます。

月1更新と決めていたはずのコラムも2ヶ月以上手付かずのままでは流石に偲び無く、久々ではございますが、本日は、最近気になって仕方の無い話題について、お話しを致します。
それは私が、星晃さんの時代の国鉄車両と並んで愛して止まない、阪急電車の話題なのですが、本題に入る前に、阪急を題材にする際に常々迷う、形とするのか、系とするかの型式呼称について、1964年に改定された国鉄の車両称号基準規定にて、グループの総称に「系」を用いることが開始されたことに倣い、阪急(当時の京阪神急行電鉄)でも、それまでの形呼称から、その系列の制御電動車(存在しない場合は想定の制御電動車車番)のうち最も若い車番を用いて○○○○系と総称することに変更されています。従って随分と以前から、鉄道誌などの文献もファンの間の日常会話に於いても、系と呼称するのが一般的なのでありますが、実は亡父の従弟が阪急マンで、鉄ちゃんとしても大先輩のその方は、3000系や5000系はおろか、比較的近年の車両である2200系や6300系までも「形」と、普通に呼称して居られたので、現場での通称は長らく後も慣れ親しんだ形呼称だったのだろうと、本来的には全般に用いられるべき「系」呼称について、今ひとつ割り切れない気持ちを抱いております。従って本稿では、規定が切り替えられた後に誕生した3000系より以前の型式については、「形」と呼称することに致しますことを、予めお断り申し上げます。

前置きが長くなりましたが、2003年に京都線用9300系、2006年に神宝線用9000系と、新世代の日立製阪急車両が登場して以来、阪急ファンとしては今後の動行が気になっておりましたが、いよいよ今秋に、どうやら今後の阪急電車の標準的な車両となりそうな気配の新車が登場する模様なのですが、公開された阪急のプレスリリースなどを拝読したあくまで現段階で考察可能な範疇での印象ではありますが、個人的に阪急の「美徳」と讃えたい、創業以来連綿と揺るぎなく継承された、極めて骨太な設計思想が醸し出す「阪急電車らしさ」がいよいよ失われつつあることに、強い危機感を覚えます。

最も象徴的な阪急スタイルと形容したい「様式」が確立されたのは、900形(920形、950形)からと申して良かろうかと思う訳ですが、その様式を劇的にモダナイズして1960年に登場した2000形から、1972年登場の5300系に至るまで、殆ど変えることなく続けられた車体の基本デザインについて、当時の阪急の技術者の「今後、大きくモデルチェンジをするとしたら、それは窓を変える時」という記述を何かの文献で目にした記憶があります。
550形など戦後の資材不足のおりに規格仕様とせざるを得なかった時代に例外はありながらも、創業当時から下降式フリーストップの一枚窓を、ついこの間まで殆どの鉄道会社が嫌い敬遠した、腐食というそのデメリットに抗いつつ、着席のご婦人の髪を乱すことなく立ち席客への涼風を確保する最適な方式であるメリットを優先し、連綿と受け継がれた事が示すように、阪急電車の客室窓への拘りぶりは実に潔く、お見事と申さざるを得ません。その技術者の言葉はいかにも阪急マンらしく、「阪急電車にご乗車のどのお客様にも同様に快適に」という小林一三御大の思想の確かな継承が伺い知れ、頼もしく感じました。
ご周知の通り、創業から苦難の連続であった黎明期をなんとか凌ぎ、念願の神戸線を開通させた頃の小林一三御大自らが発案し、新聞広告に掲載したという、今で言うキャッチコピーが「綺麗で早うて、ガラアキ、眺めの素敵に良い涼しい電車」でした。 記憶違いであればご容赦願いたいのですが、軌道法に於いては、乗客の窓からの道路への転落防止のために、窓開口部に対して、床面から一定の高さに保護棒を設置する法規が存在したはずで、下降窓を、法規をクリアする高さより下方に下がらない設計とすれば、視界の妨げとなる無粋な保護棒も不要となる訳で、費用も浮きますし、視界の広がる一枚窓に拘ったのは、誰よりも小林一三御大であったのかも知れません。

もう20年程前になりますが、当時勤務しておりました事業部で、シニアカー(主にお年寄りの移動手段として提供される、運転免許不要の3輪又は4輪のバッテリー駆動1人乗り電動コミューター)を開発することとなり、デザイン担当だった私は、座席のデザイン検討のために、エンジニアとともに、京都にある住江工業さんを訪問したことがあります。
住江工業さんといえば、鉄道車両の座席メーカーとしても名高いメーカーですので、訪問が決まった時は内心嬉しくてたまりませんでした。当日、工場を見学させて頂くと、構内のそこここに、制作中の、或は出来上がったばかりの、ありとあらゆる鉄道会社の座席が並んでおり、詳しくは申し上げられませんが、それぞれの工程も大変興味深く、大いに勉強させて頂きました。早速に阪急8000系用と思しきゴールデンオリーブ色に輝くロングシートを発見したので、案内をして下さっていた担当の方に「これ、純毛ですよね?」と問いかけると「良くご存知ですね!相当にお高いですよ」と回答を頂きました。鉄ちゃん冥利とでも申しましょうか、関係ない事なのに誇らしく思えた事が、懐かしく思い出されます。

9300系登場時には、まさかの決別か!と肝を冷やすも、その後の9000系での復活で安堵した、これも阪急の佳き伝統と褒め讃えたいシート表皮の純毛素材について、少し話しは飛びますが、京都線に6300系がデビューした頃、阪急の関係者から「京阪間に於いて、淀川を挟んで西と東という離れたルートを走るのにも係わらず、京阪の初代テレビカー1900形投入時も、対抗して阪急が2800形を投入した際も、さらに京阪新テレビカー3000系が投入された時も、京阪間に於ける輸送シェアはそれぞれに30%変化した、当時はそんな時代だった。」というお話を伺ったことがあり、家電メーカーに置換えて見れば、一気にシェア30%アップなど余程の事がない限りの夢物語で、当時の新車効果が如何に絶大なものであったかを伺い知ることが出来ます。
振り返ると恐らくは阪神大震災以降の変化かと思う、速達競争に於ける今日のJR一人勝ちの状況下で、特に阪急京都線特急の商品性が変化したことが、新鋭9300系のクロスシート表皮コストダウンへの決断を、後押ししたのであろうと想像する訳ですが、純毛素材にまつわる話として、昨年、阪急OBの山口益生さんが記された著書の中で、ある年の天候不順による牧草の不作が影響し、高騰した価格に頭を抱えた購買と車両担当者が協議の上、通常は毛足4.5ミリであるべきところを短くして対応したところ、何かの機会に上層部の方がシートの感触の違いに気がついて、平素は費用に厳しいというその方に「質を落として価格を抑えることは誰にでも出来ること」と一喝されたという、興味深いエピソードをご披露されて居られました。私にも似たような経験があり、先行開発の仕事をして居りました頃、開発モデルを前にして当時の社長に説明をしておりましたところ、ある部分がお気に召さず、つい言い訳がましく「費用が足らず」と口走ったのが運の付きで、「金が無いなら知恵を出せ!」と一喝され、場が凍り付いた思い出がございます。

私の失敗談は若干質が異なるので、さておく話ではありますが、企業活動が、何より一貫したポリシーに貫かれてこそ、阪急電車のその佳き伝統の継承も、今日まで成り立ったのであろうと、言い古された理論ながらも改めて道理を感じます。
私の大好きな2000形から始まった、四隅にコーナーRの付いたアルミサッシ窓についても、四隅にホコリが溜まらない、簡便に清掃が可能となることを意図した形状で、後年、窓上下寸が拡大された際に、それまで美しく収まっていた手前のブラインドとの高さ関係に乱れは生じたものの、そのコーナーRとした設えは、現場の負担を軽減し、乗客には常に小綺麗な車内を提供するという、誠に秀逸な設計と思う、絶対に変えて欲しくない美点でありましたのに、固定窓となった9300系からは、この愛すべき工夫はあっさりと捨てられて、窓隅にはいかにもホコリが溜まりそうな、ありふれた角が現れ、これまたありふれたシートの感触と相まって、なんとも残念な気持ちに包まれてしまいました。

話の流れとして、ここで前職のプロダクトデザインの話を少しだけして置きたいのですが、不思議な事に家電メーカー社内に於いても、他部署からは「単に色や形を扱うところ」程度の認識で見られることのあったデザイン部門ですが、デザインの本質は、人とモノとの良好な関係性を構築する仕事に収斂され、ファッションはおろか、どんなデザインに於いても、素材や工法の性質を理解した上で、ユーザーに対して、そのプロダクトの目的や機能を如何に喚起して、安全に、正しく、心地よく使ってもらえるよう、色や形、身体に触れる部分の感触などを整えるのが職能で、例えば、一見デザイナーや、決定権のある責任者の嗜好でかたち作られたかのように見える自動車のデザインでも、一部に嗜好の反映はあるにしても、全体としては、素材や工法の特性を踏まえた上で、機能や性能をクリアするために、しっかりと吟味された結果の意味を持った色や形や感触の集合体なのです。似たようにモノ作りをしていても、創造のメッセージを主体的に具現化するアーティストとは決定的に異なる部分がそこにあります。数値により明確に答えを出すことが出来るエンジニアと違い、デザイナーは職域の特性上、数値では量れない領域での判断に迫られますが、その先の、使い易さを追求するという点に於いては、特にやり甲斐のある仕事でした。
常日頃から、阪急電車の事となると、現場の事情も顧みず熱く語り過ぎてしまう傾向にあり、当事者の方々へのご無礼を、平にお許しを願いたいところでありますが、前職乍らも職業柄、些細な事柄がつい気になってしまうが故の、お気楽な外野席の戯言とお含み置き頂ければと思う次第です。

9000系が神戸線を走り始めた頃、私のところへ遊びに来た後輩デザイナーから「和田さん、今度の阪急の新車、えらいゴージャスになりましたね」と言われ、恐らくはこれがコンベンショナルな印象なのであろうことについて、考えさせられました。
確かにハード的には随分と静かになりましたし、車内放送の音質も心地の良いものへと改善されて居り、見た目と相まってゴージャスといったような形容へ導かれたものと思われます。しかしながら、間接照明の採用で、以前の、透き通るような質感が特徴的な、抜け感のある真白い天井から、くすんだツヤ消し仕上げとなった天井は、天井から連続して幕板までもを、同じテクスチャーとしたことと重なり、折角の天井高も活かされない、圧迫感が生じています。幕板まで天井と同材質とした造形は、結果的に木目デコラパネルの面積を狭める副作用を齎し、いくらパネルの定尺を拡大して隣り合う部材で押さえ込むことで、押え金具(アルミ形材)を追放した、と言われても、阪急らしいインテリアと申せる、木目のデコラパネルとゴールデンオリーブ色のシートとの、調和のバランスが崩れてしまえば意味がありません。日立の誇るA-train systemとの絡みもあるもでしょうが、果たしてどれほどのウエイトで木目を活かす課題についての検討がなされたのだろうかと疑問を抱かせる、木目で無くとも成り立つインテリアデザインであることに、つい頭を抱えてしまいます。

近年、車体更新の度に、妻面とドア部のみに濃い色調の木目を常用するようになった阪急電車ですが、その理由について、明るい木目のデコラパネルの退色対策と説く文献を目にしたことがありますが、それならば、濃い方に統一すれば、部品仕様も減ってコスト的にも有利となるはずですから、今ひとつ、しっくり来ません。設定の共通点が出入り口であることから、もしかすると緊急時の視認性向上の狙いも含まれているのかも知れませんが、この濃い木目の色調も、落ち着きがあって個人的には好むところです。
マホガニー材の濃い色の心材と、明るい色の辺材の対比よろしく、2000形以降の木目は明るい色調となり、阪急マルーンの暗い外板色を目にした直後に、(長年続いた赤茶色いリノリューム床色はさておき)明るい色調の車内に一歩足を踏み入れた際に生ずる、コントラストの対比により、視覚的に車内を広く見せる効果も生まれ、なかなかのカラーコーディネイトと感心致しますが、ここのところご執心の濃淡混在には、散らかりを覚え落ち着かず、感心致しません。
9000(9300)系も、最近のこのルール?に法り、大きな窓とドアとの間の僅かな戸袋壁面だけに、明るい色調の木目を残す結果となっていることについても、是非、考え直して欲しいと願う点です。

阪急電車の冷房化は、先行冷房試作車の5200系に始まりますが、比較的に通勤車両への冷房取付けが早かった関西地区では、例えば阪神電車では、既製のユニットクーラーを屋根一杯に賑やかに配置するなど、なかなかに圧倒されましたが、開口面積が広く乗車人員も極端に変動する通勤車両への冷房取付には、様々に未知の現場のご苦労があったものと拝察されます。
ご存知の通り5200系では、集中型と分散型の良いとこ取りをした集約分散方式を試み、屋根に8000キロカロリーのユニットクーラーを1両に4〜5基搭載し、天井内長手方向に伸びる冷風ダクトでそれらを繋いだ構造として、冷房の効率化・均一化を図ったものでしたが、「どのお客様にも快適に」の思想が、ここにも活かされたと推測するのは、思い込みなのかも知れませんが、私がなにより感心したのが、試用を元に開発された次の5100系から、左右の蛍光灯カバーの間に、わざわざ別体で一枚の天井面を作ることにより車両の長手方向一杯に生まれる、蛍光灯カバー両端の目立たない段差に、リターンダクトの吸い込み口を設けた点でした。因に、強制的な補助送風装置を採用しなかった阪急電車の冷房は、車内がひんやりとした冷気に包まれ、冷風が苦手な私にとっては極めて快適なものでしたが、通勤のお客様に「阪急の冷房は効かない!」と、随分と叱られたそうで、後にローリーファンの追加、スィープファン内蔵へと舵を切りますが、集約分散式という基本構造は、天井の凝った構造とともに長らく踏襲されました。
上手く隠されていたこのリターンダクトの吸い込み口についても、9000(9300)系では天井左右に一筋のスリットとして露出するところとなり、スリットを活用し、つり革の構造体を保持する役割を兼ねたところは評価出来るにしても、以前の構造の美点を受け継ぐ造形とはならなかったものかと、この点も残念でなりません。ついでに申しますと、つり革の色調も伝統のキャメルブラウンからライトグレーに変更されていますが、この点は嗜好の範囲とお断りした上で、なんとも味気無く、頼りない印象に映ります。

9000(9300)系の天井の造形についてはもう1点残念なところがあります。間接照明へのチャレンジは良いとして、ある時、梅田駅神戸線ホームを歩いていて気がついたことなのですが、何気なく、2面隣りの宝塚線ホームに停車していた9000系の窓越しの車内に目をやると、間接照明の裏面に隠れるべきはずの配線やら光源が、直接目視出来るのです。166cmと平均的にも高く無い私の身長で、隠すべき機器が目に入るという仕上げは問題です。
愛してやまない2000形が誕生した時代とは比較にならないほど、モノ作りの現場でプロダクトデザイナーが活動し、車両メーカーにも、鉄道会社にもデザイナーが存在する現代に於いてなら尚更のこと、窓のR仕舞いを諦めた顛末も然り、臓物が見えてしまうなどという不手際は、デザイナーがしっかりと問題点をチェックして、各担当と協議の上で改善しなければなりません。正にデザイナーの仕事であるのに、今一度、誰がやるのだという気概を持って、現場のデザイナーのみなさんには改めて頑張って欲しいものと、老婆心ながら、切に願うところです。

過去の2扉ロングシート車の時代に例外はあるものの、阪急電車の美点のもうひとつに、ロングシートの背ずりや座布団を途中で分割しない点が挙げられます。他社の車両に多く見られる2本構成のロングシートが中央付近で突き合わさるあたりでの着座は、お尻が安定せず居心地の悪いもので、これも「どのお客様にも快適に」の思想の賜物と想像するところですが、9000系ではドア間の1区画の間の2カ所に、新たに肘掛けを追加することで、3-2-3席に分割し、シート長を抑えることによるコストダウンが図られており、この点については、巧みなアイデアと合点が行きます。電車のロングシートの座面は、緊急時の担架や梯子の役割も担うので、有効長に対して、どのように対処されたかについても、機会があれば勉強してみたいところです。

さて、随分長々と述べて参りましたが、そろそろ本題の今秋登場予定の新車、神宝線用1000系、京都線用1300系について、1984年の車両番号付与基準制定の通り、車番は4桁表記の規定に従い、いよいよ阪急の型式も、9000番代を使い切ったその先の1000番代に先祖帰り?することになる訳で、本型式の増備により、2300形、3000系、3100系,5000系、5100系の淘汰が始まるそうなので(堺筋乗入対応車3300系、5300系の動行が気になりますが)、この先の不都合は無さそうですが、私達の世代なら、今津線の古豪600形や、大出力モーターで豪快なツリカケ音を轟かせまだ本線上で頑張っていた920形や、京都線のP6、(阪急の方が先輩ですが)新幹線0系を連想する二重構造のモニター屋根がスマートな、クラッシックモダンな佇まいの1010形、1100形、1300形、余剰部品を利用して車体のみを新造した不思議な出立ちの1200形、1600形などが、2000形以降のモダンな電車と交差して快走した時代が、実は、最も印象深く心に刻まれた阪急電車の原風景なのかもと、再びの1000という型式を前にして、そう昔の事では無かったはずなのに・・との想いも入り交じり、感慨は一層深まります。

今回も日立製となる1000系、1300系の、公開されたレンダリング(イラスト)の先ずはインテリアから見て行くと、気になる点が多々あります。9000系インテリアからの主だった変化としては、間接照明を取りやめたと見て取れる天井の造形と、各ロングシート両・片袖に新たに設けられる大ぶりのパーテーションと、そこから網棚に至るスタンションポールの存在が挙げられます。
記憶の限りでは、阪急初となるのではなかろうかと思うスタンションポールの設置について、座席袖の大形のパーテーションの端面から網棚端へ、S字のカーブを描いて向きを変え繋げた形状は、良く整理されている方かと思うのですが、個人的な趣味的嗜好と致しましては、細長い閉鎖空間の車内にスタンションポールが並んでしまうと、意外な程の存在感を放ちギラギラと目立つので、視界と居心地を妨げる、今ひとつの設えと、常々疎ましく思っておりますため、阪急よ、お前もか!と愕然と致しました。
嘆いていても仕方ありませんので、阪急電車ならきっと、イラストでは良く分からない材質等の工夫で、例えば握り心地の改善などへの新鮮なアプローチが成されることに期待したいと思います。

プレスリリースによれば、この座席袖の大形のパーテーションとスタンションポールは「万一の急ブレーキ時に、お客様と車内設備またはお客様同士の2次的衝突を防止するために」設けられたと解説されています。
あの凄惨な福知山線事故以来、従来から続けられていた、車内に於ける乗客の安全確保の研究がさらに加速した、と聞いており、知る限りでは、近畿車輛など、実車応用に積極的な様子が伺え、特に熱心に取り組まれて居られる印象を受けます。余談になりますが、以前JRの関係者から、「新幹線の内装の仕上げが特に美しいのは、近畿車輛製」と伺ったことがあり、バリアフリー、ユニバーサルデザイン、安全確保といった課題には、必ずデザイナーも参画しますし、メーカーのデザイナーは、ドラマで描かれるような、エアコンの効いた小綺麗なオフィスでサラサラと絵を描く、といったイメージとは異なり、工場の一員として汗まみれになりながら製造のサポートを致しますので、きっとしっかりと、デザイン部門が機能していることの表れなのだろうと、感心した次第です。

あくまで私見とお断りをした上で話を進めますが、緊急時の安全確保という難しい課題の克服と、危険を回避し安全に運行するためのシステム構築は、並行して取り組むべき課題と認識致しますが、現時点でのテクノロジーに注目すると、ぶつからないように運行させる、何かあれば兎に角停めるに徹して、万全の上の万全を尽くすことが、最も現実的な方策のように思えます。
207系の福知山線脱線事故も、本当に何か起こったのかの検証が未だに不十分ですし、大きくて細長く、開口部がいくつもあるような車両特有の構造体は、どう頑張っても脆弱です。
あの事故の起こる遥かに遠い昔から、阪急電車の運転台の眺めは、トランスポンダよろしく、ATCに近い機能を有するAF軌道回路方式ATSの指示で刻々と速度指令が変化し、万一の僅かな速度超過にも即座に自動制動が働いて、瞬く間に超過を解消するのが当たり前の光景でしたので、お陰で今でも安心して「かぶりつき」が楽しめます。
輸送力増強の最中にあった路線であるにも係わらず、ATS-Pが未装備であったことは、やはりお粗末と言わざるを得ませんが、一方で現場の見地として危険箇所では無かったとの証言もあり、元より大幅にマージンを取り設定されている速度制限に対して、運転士の経験値や他の物理的要因によっては、違った結果となっていた可能性も拭えません。であれば、エンジニアやデザイナーには山のような課題が突き付けられるはずです。何故脱線に至ったのかの真実を特定しなければ、本当の意味での車両の改良に繋がりません。

有事のサポートとして幾らか有効であるとしても、混雑時は別として、これまでのように肘掛けで腕を休めることが出来なくなり、恐らくは相当な圧迫感を伴うであろう立ち壁の存在は、ドアが開いた瞬間にドア横着座の乗客がひったくりの被害に遭うNY地下鉄ならいざ知らず、明らかにサービスの後退ではなかろうかと思います。細かいことを申せば、そのパーテーションの奥行きは、座面の奥行きに足らず、座面の角の一部が露出しています。耐久性も気になりますが、ここに紙屑を挟む輩も現れるやも知れません。こうしたことに神経を配るのが、最小の労力で車内を小綺麗に維持する阪急の伝統では無かったのかと、再び憂鬱になってしまいます。
本当に2次衝突の危険を防ぎたいのなら、少なくとも突起物は全て柔らかい素材のプロテクターで覆われてしかるべきで、穿った見方と承知の上で申しますと、厳し過ぎるのかも知れませんが、下手をすると、万が一のコンプライアンス対策としか映らない、残念な設えに見えてしまいます。

続いて天井の造形について、9000(9300)系と同様に幕板まで同じ素材で構成されており、先に述べた問題点の解消には、残念ながら至らないようです。間接照明をやめるならツヤ消し素材である必要が無く、現物がどのようなテクスチャーとなるのか、気になるところです。さらに困ったことに、同じく日立笠戸工場製の東武60000系の天井と酷似しており、阪急電車の天井空間は、例えば吊り広告は他社に無いひと廻り小ぶりのサイズですし、週刊誌の広告は掲載しない方針も貫かれていますし、(一部の更新車に例外はあったものの)カバー付きの灯具は勿論のこと、細やかに配慮された機器配置が好ましい、小ざっぱりとした見付けが当たり前のことであっただけに、いよいよ共用の大波がやってくるのかと嫌な予感が致します。

鉄道会社からの脱皮を標榜する気運により、系列のアルナ工機を整理した阪急でしたが、私はどんな企業であれ、本業を軸にして発展すべきと強く思います。以前勤務しておりました家電メーカーも、社員も驚く程、沢山の業種へ事業展開を続け、財界からもその点に注目されたメーカーでしたが、本業が傾くとあっけないもので、今は上場も廃止され、(相手からはライバル視されておりませんが)ライバルメーカーの子会社となりました。多くの仲間の悲哀は、思い出すだけでも胸が締め付けられます。阪急マンに言わせると「超、鉄道会社」なのだそうですが、先人が営々と築き上げて来た鉄道事業の質だけは、決して落とさず、守り抜いて頂くことを願わずには居られません。

検証した事は無いので、勝手な思い込みとお断りした上で、2000形以降の阪急電車は、前照灯にしろ、標識灯にしろ、窓にしろ、徹底的に標準化した部品で構成されており、鉄道車両の製造は他の工業製品と違って、なかなか量産効果が得られませんので、国鉄103系が1両4,000万円程度だった時代に、阪急は1億円を超えていましたから、こうした部品の標準化により費用の抑制が地道に行われていたのではなかろうかと、質を保ち、抑えるところは抑え、標準部品の活用で捻出した費用はまた目に見える改善に活かす、といったような事が、きっと行われていたに違いないと、モノ作りに携わった人間の勘として感じております。
電機子チョッパ制御の実用試験車2200系と、京都線特急車の6300系で、制御室が拡大し、隣りの客室扉との間の寸法が縮まって、標準サイズの窓が入らなくなった際も、あっさり窓無しとして、その部分の客室照明は常時点灯として対応したものの、後々にお客様から暗いと指摘され、同様の仕様車へ、幅を狭めた小窓が追加されていく事になる訳ですが、その際も、新たに小窓を作ることへの相当の議論と抵抗があったそうです。
9000(9300)系では、個性的な前頭形状でしたが、やや従来のスタイルに戻される今度の1000系、1300系なら、8000系以降標準スタイルとなった角形シールドビーム2灯の前照灯デザインが何ら問題なく使える造形ですので、何もまた新しく起こさなくとも良いのにと思ってしまいます。製造を外部に委託するということは、こういった思考回路も失われるということなのでしょう。折角LED前照灯となるのに、LEDならではのデザインへのチャレンジも見当たらず、それを新しい風通しによる活性化と済ませて良いものか、メーカーとともに、やっておくべきことは、吟味に吟味を重ねた上で、この先の少なくとも20年を見据えた、阪急伝統の、巧みな標準化、標準スタイルの確立ではなかろうかと思います。それがあの「今後、大きくモデルチェンジをするとしたら、それは窓を変える時」の意図するところに思えてなりません。

9000系では、ドア間の大窓は中央の縦桟1本で仕切られる構造 でしたが、1000系、1300系では、イラストを見ると縦桟が2本に増えて、連続窓乍らも(伝統?の)ドアの間は窓3つとなるようです。
先述の山口益生さんの著書の中で、9300系のインテリアについて「アルミ生地色とブロンズ着色の使い分けの整理と統一が必要」と私見をご披露されています。その他にも3点の指摘をされて居られますが、私はこのご指摘に全くの同感で、私のような外野の単なる阪急好きとは違い、OBとは言え、身内の見解は誠に意義深く、心強く感じた次第です。ご指摘が功を奏したのかは定かではありませんが、2本の縦桟も、ドアサイドの把手もシルバー色に戻り、スッキリと致しました。

何かと共通部品と漏れ聞いた覚えのある、9000(9300)系に用いられたブロンズ仕上げの凝った形状のドアサイドの把手は、手掛かりも好ましく壁に馴染む形状で、それこそ2次衝突に対しても有利かと感心しておりましたが、1000系、1300系では、コンベンショナルなパイプ状に改められたところを見ると、握りしめることが難しい形状にやはり難点があったのかも知れません。その長さはしっかりと、床面近くまで確保されており、私の子供時代には考えらなかったことですが、随分と遅い時刻まで、学習塾帰りの小学生達がちょこまかと乗り込んで来る沿線ですので、こうしたユニバーサルデザイン思想の活用は今後も維持して頂きたく、更新車への波及も期待したいところです。

3分割された窓について、ここのところの常套仕様である、中央の窓は固定とするにしても、責めて両端の2枚は開閉式、となっていて欲しいと期待するところです。
空調の完備された今日の通勤車両では、車内で乗客が窓を開閉する行為自体を目にすることが殆ど無くなりましたが、緊急時を思えば開口を確保するに越した事はありません。更新の度にドア寄りの窓のパワーウインドウ化が進みましたが、それでも窓を開ける乗客はまばらで、私などやはり古い世代なのか、心地のよい季節になると、開閉ボタン触りたさも手伝って、つい窓を開けたり閉めてみたりと無駄に遊んでしまいます。
インテリアのイラストに開閉ボタンの姿が見当たりませんので、(まさかの固定で無いことを祈りつつ)開くとしても、手動に戻ったものとして、元々優れた操作性を誇るフリーストップ式の下降窓ですから、機構を踏襲してさえいれば、パワーウインドウにする必要性は無かろうと考えます。ただ、イラストで表現されている窓の奥行きですと、どうしても固定窓に見えてしまい、若干の不安が残ります。

窓とともに、長らく阪急電車の定番として君臨したのが、窓の内側に設えられ、使用時には外観上も涼しげなアクセントとなっていた、ヨロイ戸仕様の日除けですが、2000形で使用が開始され、阪急伝統の、結果的に最後の世代となった現行仕様の日除けの出来は、機能的には、伝統的に変わらない、風を通しながら日射を遮る、しかもロールカーテンのように風圧でバタバタと暴れない優れものですが、窓下端から上方に向かって引き上げて、ワンストップで固定するというその操作性に関しては、重たさと扱いに慣れが必要なうえ、仕舞う際には、上から叩き落とすような、紳士淑女に似合わない乱暴な所作を伴いますので、決して褒められたものではありません。
近年、更新の度にヨロイ戸式から、窓枠両サイドのガイド内をスライドする、フリーストップ式のロールブラインドに変更されていますが、初期のタイプの、窓下端から上方へ引き上げるタイプの方が、ヨロイ戸時代同様に、R仕舞いでストップして、上方に窓越しの視界が確保されるので、個人的には好ましく思います。更新時の行程上の優劣も影響したものと思われますが、現在は9000(9300)系同様に、上から引き降ろすタイプが主流となりましたが、全閉時に上方に留まる面の織りを薄くして、立席客の視界に配慮されてはいるものの閉塞感は否めず、無駄に車内を暗くしてしまわないメリットもある引き上げ式の再考が待たれます。窓外の、流れる景色を眺めるのが大好物な鉄ちゃんの抱く印象ですので、大多数の乗客にとっては、どうでも良いことなのかも知れません。ただ、阪急ならではの、もう一工夫が欲しいところです。インテリアでは他に、網棚の形状も新しくなるようですが、こちらの評価は現物を見てからに致します。

インテリア全体の変化として、やはり気になるのは「2次衝突対策」への対応に尽きそうです。阪急がこれまで、スタンションポールに代表される「掴み所」の増設に積極的ではなかった事は明らかで、その背景には、優れた乗り心地の確保に努めて来た技術陣の、誇りや自負の存在を感じます。
私自身は、阪急の乗り心地について、1435ミリの標準軌間であること、保線のよく行き届いた上等な軌道であり、ロングレール、伸縮継目、地道な線形の改良と、オーバーハングの少ない(連結面間)19mの車体長との組み合わせあっての乗り心地に有利な条件の元、石橋を叩いても渡らない阪急らしく、満を持して枕バネに空気バネを用いることを標準化した5000系以降の、細やかな、台車やリンク機構の改良と相まって、(あくまで通勤車両に於いての話しですが)既に文句の付け様のない振動抑制域に到達した印象を抱いております。
勿論、ヨーイングやローリング、ピッチングが上手く抑えられていても、最後に残る加減速時のGについては、宝塚線や今津線は兎も角として、神・京の本線上は、各駅停車であっても発車するや一気に加速し、ぎりぎりまで巡航を保ち、ドカンと制動する、ファンにとってはたまらない魅力の阪急電車の挙動は、乗客に優しく無いことが明らかです。(余談ながら、幼少の頃の私は、この猛々しい運転パターンが恐ろしく、穏やかで滑らかに加減速する阪神電車を好む一時期がありました)
過去の車両側の様々な改良時の経緯が示す通り、お客様あっての鉄道事業ですから、クレームが挙れば迅速に対処するのが当たり前なことであることを考えると、阪急電車は、「掴み所」の必要性を感じさせない乗り心地として、受け入れられて来たものと判断して良いと思います。
なのに、今更という(趣味人の独りよがりも大概に、と叱られそうですが)気分から逃れられず、コンプライアンスを取り繕うのなら、孤高の思想を貫く鉄道会社であって欲しいものと、つい願わずには居られません。

これまでインテリアについて述べて参りましたので、最後にエクステリアについて纏めて置きます。制御車の前頭は、結局、華やかに着飾った9000(9300)系が、スタディーの域で終わる事を示すかのように、コンベンショナルなスタイルに戻された感がありますが、最も合点が行かないのが、幌枠が省略されている点です。
このことは、純粋にファンとしての意見となってしまいますが、阪急電車の顔を印象付けるエレメントは、形態を単純化して頭の中で再構築してご覧になればお分かりの通り、正面左右の窓枠と、その間の貫通扉の周囲を囲う幌枠の存在と言えます。少々遊びの過ぎた感のある9000(9300)系の前頭部に於いても、中央に幌枠が存在するこの法則が守られたからこそ、阪急電車らしさを醸す面構えを維持出来たと見るべきで、如何なる理由があるにせよ、銀色の幌枠を無くしてはなりません。
欲を申せば切りが有りませんが、私見と致しまして阪急電車の正面は、おでこの中央にコンパクトに纏めた前照灯、その左右に標識灯、そして貫通扉窓下中央正面に切り抜き文字の車番があることが理想で、新たな顔つきとなった2200系、6300系にも当時は可成り抵抗がありました。その後の顔の変遷は、今ひとつ決め手に欠ける試行が、未だに続いている感じが致します。
阪急電車の車体更新は、内外装ともに上手く出来ていて、以前から度々感心させられて来ましたが、最新のお気に入りは7300系・7000系のリニューアル車です。顔のイメージは、1000系、1300系に共通しますが、寧ろ、このリニューアル車の方に好感が持てます。先に申した通り、前照灯は8000系のパーツで十分です。標識灯廻りのラインの整理の意図も理解し歓迎も致しますが、いつの間にやら左隅窓下に追いやられ、小さくなった車番表示には、最早目をつむるとして、幌枠だけは、無くしてはなりません。

鉄道会社からの脱皮を標榜する動きのひとつとして、阪急マルーンの車体色を変更する検討がなされた時期があった事は有名な話ですが、社内の事情もありつつ、沿線住民の強い反発が、その後の断念の理由のひとつとして挙げられます。100年続く普遍の車体色は、沿線住民にとって、最早、原風景であり、街の象徴として昇華していることの裏付けと申せましょう。先に申した、阪急らしさを司る、前頭部の要素も、他の沿線に比べ圧倒的に毎日同じ顔を目にする阪急沿線の住民の間には、鉄ちゃんにあらずとも、阪急電車といえばこんな顔、と言った具合の、無意識的イメージが定着しているように思えてならず、だからこそ、顔のイメージについても大切に扱って然るべきと考えます。

鉄道車両の専門家ではございませんので、誤りであれば、ご容赦願いたいところでありますが、造形的観点から考察致しますと、車両の前頭部の造形は、車体断面の形状に左右される宿命にあるようで、カタチというものは、面の繋がりで成り立つものですから、大まかに申せば、どんな屋根Rに、どんなコーナーRに、どんな側面形状にしたかにより、その延長上にある前頭部の、出来る、出来ないの形状が、自ずと決まって参ります。近年では、差別化狙いなのか、意図的にこのセオリーに抗った顔付きが時たま現れて仰天致しますが、個人的には殆ど感心致しません。

阪急2000形の前頭形状は、断面形状から連なる面が妻面に突き当たり角となる継目の部分を、全周に渡り適度なRでぐるりと素直に受け止めた、誠にシンプルな手法でありながら、妻面を3つ折りの折妻としたことで、スピード感を持たせた秀逸なデザインと、今でも新鮮に感じます。また、1000形に始まった張殻構造で生まれた車体裾のR形状を踏襲したことは、正面や側面が直線的になったぶん、視覚的に、よりボディー面に厚みを感じさせるソリッド感を生み出し、欧州の車両にも似たスマートさを醸し出しています。
車体裾のR仕舞いもまた、近代阪急スタイルの鍵となる造形と申せ、ダブルスキン構造採用の9300系には気をもみましたが、やや曲率は緩慢に見えるものの、裾のRは踏襲され 一安心した次第ですが、ダブルスキン構造にとって、最も合理的な断面形状があるのなら、それを元にすれば、画期的な次世代の阪急スタイルが誕生する可能性がある訳で、表面的なイメージの継承を、阪急の佳き伝統の継承と、安易に履き違えてしまわないよう思考することも、阪急電車の未来にとって重要なポイントとなりそうです。

2000形の造形上の美点は他にも色々ある訳ですが、阪急マルーンの艶やかなボディーを一層際立たせるスタイリッシュなアルミユニット窓とともに、私が最も注目したのは、当時、電車の前照灯として、盛んに取り入れられたシールドビーム2灯の機能を、様々な電車が、様々なレイアウトで具現化化する中にあって、必要最小限のライトケースを用いて、その反射板上に2灯を詰め詰めで並べて、車体に露出する面をガラスカバーで覆い一体感を持たせた、コンパクトでスタイリッシュな2000形の前照灯でした。またそのライトケースが収められる正面中央のおでこの位置は、ライトケースの上部が、先に申し上げたコーナーRに僅かにかかる箇所が存在するので、その部分だけは正面の平面を延長することで、ライトケースを控えめに囲った造形は、秀逸と申せます。

こうした発想や配慮は、元来デザイナーの得意とする分野で、名鉄7000系パノラマカー開発時に、前面展望のコンセプトの元に纏められた先頭部が、踏切事故から乗客を守るために考案された衝撃吸収バンパー(就役後に実積を挙げた事例があったといいますから、立派なものです)を内蔵するため、ボンネットバスのような厳つい形状となることを問題視した関係者が、国鉄初の起用となった貨物用直流電気機関車EH10の開発でも知られるデザイナーの萩原政男さんに助言を求めたところ、バンパーはそのままに、前面窓のみをボンネットの先端位置まで持って来ることで、室内に取り込まれることになる左右バンパーの間のスペースは、ユニットクーラーの置き場として活用するというアイデアを示され、皆様ご周知の通りの流麗なデザインが実現するところとなります。
2000形開発当時の状況を知るところではありませんので、なんとも推測しがたいところでありますが、年代的に見て、恐らくデザイナーは係わっておらなかったであろうと素直に推測すれば、担当エンジニアは、余程の造形センスに恵まれた方だったに違いないと思う次第です。

そのような、類い稀なる才能を持ち合わせたエンジニアであられたのが、島秀雄さん、星晃さんだったと常々思うところでありますが、貫通型仕様と決まった国鉄153系急行形電車の設計を纏めることになった当時の星晃さんに、島秀雄技師長は「みっともない顔にならないように」と指示をされたそうです。
9000(9300)系では、この前照灯に対する扱いも、離してみたり、囲ってみたりと遊びが過ぎて定まらず、間を置いて離す理由が機能由来のもので無いのであれば、現場のデザイナーは、島技師長の投げかけた言葉の意味を、良く心得て欲しいと願うばかりで、新鋭1000系、1300系前照灯の、いたずらに間延びしたデザインにも、意味が汲み取れず、LED化という折角の機会を活かす積もりが無いのであれば、工程上の視点からも、8000系のライトケースの装着で十分と思う所以がそこにあります。

エクステリアとしては他に、側面に2つある筈の、種別、行先表示窓が、どうやら一纏めにされたようで、分けて個別に表示することが、ここ暫く継続した標準スタイルであっただけに、統一感に欠け、面白くありません。

その他、趣味的視点で興味の湧くところとしては、梅田方からTc-M-M'-T-T-M-M'-Tcとなる妙にコンベンショナルな今回の編成に於いて、何故か、両端のTc車の形番が1000、1300(大阪寄り)、1100、1400(神宝、京都寄り)、さらに神宝、京都寄りの中間電動車ユニットの車番が、1550及び1650、1850及び1950と、10位の数字が、主電動機があれば0〜4、主電動機無しは5〜9と定めた従来からの車番付与法則に反した点です。2組の中間電動車ユニットを擁する編成ですから、1000系のM車に1500、1600、1700、1800と順番に割り振って行くと、1300系のM車1800に食い込んでしまいますし、1300系のM車も順に割り振れば、1800、1900、2000、2100と、1000番代を超えてしまうので意図するところは理解出来るものの、Tc車に50をプラスしない不可解さは拭えず、どうしたことかと、更に混乱に追い打ちがかかります。

多少景気は上向きつつあるとはいえ、鉄道事業を取り巻く今日の環境は、依然として大変厳しいものと容易に想像がつくものの、であばこそ、超、鉄道会社を目指すのなら、足元の鉄道事業を疎かにすることなく、その鍵は、なにより阪急らしさの真理を捉え、細やかに目配りすること、が、やはり大切に思えて仕方ありません。
以前の職場で、私の担当した新製品が、既に量産品の金型まで出来上がっていた段階で、その商品の事業そのものからの撤退が決まったことにより水泡と化し、例えようもなく重たい空気に包まれた現場の経験があります。業績が傾くと、どうしても現場の士気は下がるもので、新鋭1000系、1300系の現段階での姿には、新車に賭ける心意気そのものへの、量的・質的、或は思想的な、変化の兆しを感じざるを得ず、野球は阪神、電車は阪急の救いようのない阪急馬鹿と致しましては、勝手乍らの趣味的老婆心の範疇も含め、誠に不安に感じる次第であります。

案の定の長編となってしまいました。日頃の鬱憤を吐き出したところで、この先暫くコラムの更新はひとやすみと致しまして、オシ17の開発を急ぎます。

※8000系シート写真の一枚を除いては、保存状態のよろしくない古い紙焼きの写真をスキャンした画像を掲載しております。今更ながらの腕の無さを痛感し、誠にお恥ずかしい限りです。
(2013.06.30wrote)

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第24話【オシ17進捗】

半年の間、コラムも休止を致しまして開発を急いだものの、未だ発売に至らず、皆様に於かれましてはお待たせを致しますこと、誠に申し訳無く改めまして不手際を深くお詫び申し上げます。

何度か量産体制に持ち込んだものの、都度新たな課題に直面し、改善策に追われる状況に追い込まれ遅れを重ねた次第です。改善の方策として、品質の維持確保は当然の前提と致しまして、様々に効果の期待される簡素化の方向も選択肢のひとつではありましたが、お商売と言うよりも趣味人に立脚致しますと、愛好家の皆様によりお楽しみ頂ける製品でなくては意味が無いとの想いを捨てる訳には参らず、この信念を拠り所として安易な簡素化を回避した方策を追い求めたことが、さらに遅れの増幅を招いてしまいました。

只今最終の要改善課題となった食堂テーブルと椅子パーツを除いた各パーツについては一部の初回ロット量産完了を含めましてほぼ内容確定を致した状況で、年明け以降に徐々に内容のお知らせを致しますとともに来春の発売を目指すところでございます。
来年5月にはTOMIXさんからセット構成ながら(満を持して?)オシ17が発売される模様ですので、弊社と致しましてはインジェクション製品では得難いヴァリエーションを複雑にならない範囲でご用意致しまして、カスタム化をお楽しみ頂けますよう配慮を致します。

多くの課題を抱え込んでしまい、なんとも反省しきりの2013年でございましたが、オシ17開発でのノウハウが今後の目標でもあります「食堂車」のシリーズ化のための試金石となればと思う次第です。
今年1年のご愛顧に深く感謝を申し上げますとともに、明年も何卒よろしくお願い申し上げます。
皆々様どうぞよいお年をお迎え下さい。
(2013.12.31wrote)

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第25話【新製品の話題、あれこれ】

今月は私自身も大好物のTOMIXさん10系客車が久々に発売されますが、遂にオシ17(3次)形もラインナップされるということで、お商売と致しましてはお待たせを致します「インテリアパネルキットオシ17」をいち早く発売しようと、ハンドメイドにつきものの歩留まりの悪さに臆せず、納得の行く仕上がりを大前提に据え置き厳守の上、出来る限り制作を急ぎましたが、気がつけば5月突入と、1年の経過は加齢とともに年々加速すると良く言いますが、近頃は1日の経過の余りの速さに焦るばかりの毎日です。
現在全ての素材パーツの初回ロット分の切出し・成形を完了し一部のパーツについては製品として袋詰めまで完了したところで、残るパーツの塗装・印刷シートの貼り込み・組立・袋詰め、組立説明書の整備(作成・出力)、個装箱の整備・梱包、HP更新等広報と全ての作業を完了するのに概ね7月までかかりそうで、発売は今夏と致します。

オシ17関連に手一杯で、コラム更新も今年になって初めてとなりますが、この間に特急「あけぼの」の定期運行終了や三陸鉄道の全線運行再開、鉄道少年時代から憧れの聖地であった大阪交通科学博物館の閉館と思わず涙する鉄ネタも山積し、去る3月三宮へ移動の際にようやくでしたが、個人的に不安要素がつきまとう阪急電車の新世代1000系への乗車も叶いましたので、諸々溜まる一方のよもやま話しはまた別の機会と致しまして、発売間近のTOMIXさんオシ17形について、ホームページに掲載の内装モールドの画像を拝見致しますと、先に発売された天賞堂さんのオシ17形では省略されていた料理室食堂寄りハッチ下のカウンタテーブルの表現が成されており、ピンと来られた愛好家の皆様も大勢いらっしゃると拝察致しますが、私もインテリアパネルキットの開発過程で色々と調べたところ、3次形の途中のオシ1716からこのカウンタテーブルの平面形状が変更されている史実を確認致しました。
拝見したところTOMIXさんのプロトタイプはオシ1716以降の形状に見て取れます。以前にも申しました通り、オシ17形の次形と内装の変遷にはズレがあり弊社の計画でも当初は製品ヴァリエーションが8タイプを超えそうでしたが、お客様視点を重視しながら整理を重ね最終的に4タイプでの発売として進めておりますが、このカウンタテーブルもヴァージョン別の対象となるため形状の違いを作り分けました。
人ひとりひとりの感性が異なるように、鉄道模型の楽しみもプロトタイプに過度な縛られることなく自由であるべきと常々思うところでありますので、天賞堂さんとTOMIXさんのインジェクション製品それぞれの優劣を論じる意図は毛頭ございませんことをお断りした上で、カウンタテーブルを表現しないことで次形への展開の余地を温存した老練な企画意図を感じる天賞堂さんの仕上げと、3次形に於いて大勢を占める形状でカウンタテーブルをモールドしたTOMIXさんらしいサービス精神を感じる仕上げの各々に、趣味人としてもお商売と致しましても大変興味深く感じ入った次第です。

久しぶりとなるTOMIXさんの10系客車発売を目前に弊社としても何か新しい製品をと、山積するオシ17形の制作を一旦止めて、以前にお客様からご提案を頂いておりました10系ハネ・ハネフ寝台表皮に、シートカバーを装備した懐かしい姿のバージョンを追加致しました。
現行の青1色の生地色では背ずり(中段寝台)と座面(下段寝台)を共用としておりましたが、背ずりにシートカバーの表現が加わることから別建てとし、現行品についても別建てとした上で、背ずりの描画をよりモールドにフィットする形状へと改良致しました。
急行列車のB(2等)寝台車に於いて、夜間は中段寝台となる背ずりへのシートカバーの設置サービスは昭和40年代中頃まで継続され、大阪万博の翌年あたりから以降急速に姿を消した模様で、往年の名列車には勿論のこと、今回青15号塗色のみの発売となるTOMIXさんの10系でしたら、ヨン・サン・トオ前後の再現にお使い頂ける製品となってございます。是非ご検討下さい!

また、表皮シリーズの新製品と致しましては、6月になりますが、TOMIX製オロネ10形に適合するシートカバー装備のエンジ色の寝台表皮を発売致します。(シートカバーの描画は、初期の背ずり・座面を真白いカバーで覆い尽くすタイプでは無く、円熟期の急行列車時代に見られた、背ずりのみのエプロンタイプ となります。)
内容は、座席(下段寝台)表皮、喫煙室座席表皮、中妻に貼付ける通路扉シール(把手形状は初期形のバータイプと後年の黒いプレートタイプの2種を収録し、扉上部にある型式プレートと号車札には選択式のシールが付属)及び空調リターンパネルシールのセットとなります。是非ご期待下さい!
(2014.05.08wrote)

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第26話【新製品「オロネ10寝台表皮」開発顛末】

久々に登場したTOMIXさんのオロネ10形新製品に向けて、弊社表皮シリーズの新製品と致しましてこの度「オロネ10寝台表皮」を発売致しましたが、このオロネ10形用の寝台表皮は遥か以前の趣味の時代に、今日では弊社表皮シリーズの元ネタと申せます既にお馴染みの手法を用いて一度作り込んでおりましたので、早く製品化をしなければと思いつつもなかかな着手出来ぬままに月日が流れてしまい、10系ハネ・ハネフ車にお使い頂ける寝台表皮を販売しておきながら、ロネ用製品が無いという甚だ片手落ちの状況を長らく続けてしまいましたこと誠に申し訳ございません。

インテリアパネルキット「オシ17」の制作で手一杯の最中、久々のTOMIX10系寝台車発売のアナウンスが停滞ネタ製品化へのトリガーとなりまして、当初は手持ちの旧製品(HO-503・HO-523)での開発を考えたものの、旧製品は純正白色LEDの室内灯ユニットに対応していなかった事から、金型変更必至と読んで新製品の確認を待っての大慌ての製品化となりました。

入手した最新版(品番:HO-514)のオロネ10形を早速に分析致しますと、気になっておりました内装を構成するモールドは基本的に旧製品と変わりなく、表皮類の寸法については趣味の時代に割り出したものが使えることが判明しリードタイムを稼げて大いに助かりましたが、課題と予想した室内灯ユニットHO-0795適合への対策は、室内灯の設置ポジションを変えずに床下から生える接点シューの形状変更で対応した模様で、そのためと思われますが、前位寄りの中妻の扉の位置するところの中央が大胆にも切り取られてしまっていますので、当方で当初より計画を致しておりました扉を表現するシールについては、最新版のオロネ10形のみ後位寄りの中妻だけにしか使えないという残念な結果となってしまいました。製品裏面の使用説明書や該当のシール面に各中妻扉のTOMIX製品適合品番を明記しておりますので、お手持ちのTOMIX製品品番をご確認の上ご使用をお願い申し上げます。

この部分の形状変更は金型構成上1から作り直す必要があり、しかも相当に高くつく改造になるのは明らかで、左の画像をご覧頂くとお分かりかと思いますが、よく見ると恐らくは刃の付いた専用の治具を作るなどして後加工で対応した形跡が見受けられます。実を申しますと家電の製造でも止むに止まれずこうした人海戦術に頼るケースが稀にあるのですが、量産に向かない回避すべき手法だけに現場のご苦労が伺い知れます。

蛇足ながら先月発売のRM-MODELS 227号に、鉄道模型のインジェクション成型に携わるお会社の記事が掲載されていましたが、専門的な電極の解説なども含めて、金型成型で出来ること出来ないことなどを理解する上で、これならデザイナーの新人教育にも使えそうなほど解り易い記事となっており、痛く感心をした次第です。
関連のお仕事に携わる皆様は別と致しまして、隆盛著しいプラ製品を理解する上で好適の素材かと是非のご一読をお奨め致します。

話を元に戻しまして、先に申し上げた趣味の時代のオロネ10の作り込みでは、実車の中妻扉上の空間に備わる「便所知らせ灯」「型式プレート」「号車札」を印刷で表現しておりましたので、実車の全車番、史実号車の選択シールを同梱する企画を準備して、本コラムの第25話で中妻扉上の型式プレートや号車札の表現を予告致しておりましたが、製品化のため改めて実車図面に照らし該当箇所のモールドを検証致しますと、スケール通りに扉を収めようとすると、プレートや号車札が収まる面どころか中妻扉そのものの天地すら確保出来ない全高であることが判明致しましたので、泣く泣く断念し印刷パーツは中妻扉のみとさせて頂いた次第です。

モールドの天地不足は、中妻面両サイドの座席(下段寝台)を表現したモールドの比率から考察致しますと、実車の床面よりモールドの床面の方が高い位置にあることが原因のようで、さらに喫煙室床が最も高く、次に前位寄りの廊下、客室床の順でそれぞれに異なりますので、中妻扉の印刷パーツは、実車スケールに出来るだけ近く違和感の無い範疇でスケールを微調整した上で、実車の扉の把手やスリガラス窓の位置と、隣りの座席との位置関係に破綻が生じないよう把手や窓を配置し、床面の上昇に対しては、扉の下部をそれぞれの床面の高さに応じて短縮する方法で寸法を決定致しております。製品シールに収録しております中妻扉が後位寄り2面、前位寄り2面と4種に分かれておりますはそれぞれに異なる床面に対応したためで、ご面倒をお掛け致しますが、それぞれの位置に該当する扉パーツの選択をお願い申し上げます。

また、実車の中妻扉には、客室側の面の把手がゴールドに色差しされた「おす」及び「PUSH」の文字の入ったピアノブラックのプレート、反対の引く側の面の把手が斜めバータイプの、後年まで一般的に良く目にした標準タイプの他に、極初期の頃の車に存在した、客室側の把手がナロ10同様の横一文字のバータイプで、スリガラス窓はグレーのHゴム支持、後位寄りの中妻扉のスリガラス窓に客室側から読める向きで「喫煙室」の文字が表記されていた初期タイプが存在しましたので、製品でも両方のタイプを収録し、お好みてお使い頂けるように致しました。但し初期タイプが最も似合うのは、座面と背ずりの全体が、すっぽりと真白いシートカバーで覆われていた頃のインテリアになりましょうか‥。

予定をしておりました「型式プレート」「号車札」の表現を断念した変わりにと申しては些か軽卒ですが、インテリア床面の塗装であったりと、細かく配慮の行き届いた愛好家の皆様の、惚れ惚れする作品を目にする機会が増えた昨今ですので、今回の製品では、シール方式で気軽に床面インテリアのグレードアップをお楽しみ頂けるよう、中妻扉印刷パーツにも使用する光沢紙印刷を用いて床面の表現を加えることに致しました。また同時に、実車では1960(S35)年度製造の21号(日立)から追加された客室通路絨毯をマット紙印刷にて印刷パーツ化致しました。客室通路絨毯印刷パーツは切出してそのままお使い頂く以外に、一旦適当な厚みの紙などに貼付けた上で再度切出し、厚みと腰を付加してお使い頂く方法も実感が増しお奨めです。

実車のオロネ10形は、外観的にはやはり時代変遷に伴って相応の変更が見られる反面、自身の記憶に照らしつつ、具に文献を調べて参りましても、インテリアの、特に客室の色彩については(寝台カーテンの意匠まで含めて)晩年までオリジナルが保たれていたことを確認致しました。ナロネ21形を下敷きに手慣れたところで着手をしたオロネ10形の色彩計画は、当初から良く練られた出来であったことが、振り返ると申せるのかも知れません。
左の写真は、人生で3度目で最後の乗車となった際の、終焉間近の1974(S49)年4月4日に撮影した下り急行「天草」でのオロネ1069(名ナコ)車内スナップです。今となっては何者にも代え難い乗車体験のお話はまた別の機会と致しまして、例によって腕不足の不細工な写真ですが、ご参考までに掲載を致します。

話が長くなってしまいましたが、再びTOMIX製最新版「オロネ10形」の話題に戻りますと、今回からようやくオロネ10形も全軸集電の樹脂製台車となりましたが、私が個人で所有する旧製品のオロネ10形やスハネ16形、オハネ・フ12形は、まだ日光さんのダイキャスト製台車を履く時代の製品でしたので、近年の樹脂製台車に比べ集電性能は劣りますが、アルケさんの集電向上液LOCOを塗布すれば安定をするので特に不満は無く、たまの息抜きに夜行寝台急行列車のお座敷運転を楽しみますが、 プラ車体に樹脂台車、プラ車体に金属台車、オール金属のブラスモデルと混成で走らせますと、ジョイント音の差異が際立ち、ブラスモデルには到底敵いませんが、プラ車体でも金属台車であれば、なかなかの音を奏でてくれていましたので、若干ですが淋しい気が致します。
しかし近年のTOMIXさんの樹脂製台車は、一見して以前と変わりない有り触れた集電構造に見えるのに、ころがり抵抗が著しく改善されて来ているのには大変驚かされます。歓迎すべき改良点と申せましょう。

台車にまつわることでは、車輪のホイール部が黒色とされた点が変更点として挙げられますが、少々光沢過ぎるテクスチャーに違和感を感じなくもありませんが、ともあれ意欲的姿勢は歓迎です。
反面ボディー内側のベージュ塗装が今回は省略されており、所々に覗く青い内壁の存在は、表皮類を装備した際の見栄えを損ねる五月蝿さを誘うようで、残念な変更点です。面倒ですが出来れば内壁にベージュ塗装を施すひと手間を掛けた方がよさそうです。

先に申した通り、外観も含めて金型に大きな変更は見受けられず、内装のモールドも基本的には旧製品と同じで、細かいところで密かに改善を期待しておりました座席(下段寝台)背ずりモールドの上端が折れて壁面へと繋がる水平の面の奥行きが場所によってまちまちであったり、喫煙室椅子の上端が波打って水平では無い点などの問題点もそのまま踏襲されており、また外観も、後位妻面は配電盤スペースの飛び出しが賑やかな、電暖仕様のモールドのままで変わらず、喫煙室側窓の非常窓のモールドも従来製品と同じで、実車では非常時の脱出手段を、当初はハンマーの設置で確保し、後に破壊時の危険性が問題となり、1963(S38)年度製の68号(日車)から、新たに喫煙室のところに非常窓が設置されますが、その前年度、1962(S37)年度の2次製造分に当たる2051号(日立)から、喫煙室の②〜④位側の椅子を枕木方向へと向きを変え、客席に匹敵するような大振りの椅子に変更して、通路との仕切りにカーテンを設けた更衣室へと設計変更されていますので、更衣室となった側の側窓の非常窓の分割ラインのみ、椅子の向きを変えたことで空間の生まれた下方へと延び、左右で非対称の姿となりました。その後の1964(S39)年度から、それまで非常窓仕様で無かった1〜41及び2011〜2050への改造が開始され、左右で対象の、分割ラインが窓廻りに沿った非常窓仕様が現れますので、TOMIXさんのオロネ10形のプロトタイプは厳密に申せば、このグループの電暖仕様の2011〜2050に相当することになりますが、元より端梁も電暖仕様ですし、個人的には、組成してしまえば妻面の違いも気にならない、なんちゃってモデラーですから、相変わらずデティールも十分ですし価格の面も含めて誠に有り難いモデルであることに異論はございません。

欲を申せば、妻板の配電盤の突起を別部品にするとか、端梁には後から電暖パーツが取付けられるようにするといったような展開を今後に期待したいところですが、お商売的内装工作の視点で申しますと、もし更衣室追加変更後のモデルがあれば、外観からも窓越しにシートカバーの付いた更衣室椅子がよく目立ち、壁には鏡も付いていましたので、間違い無く華のある見せ場となるはずです。
【参考付録:オロネ10形製造履歴(pdf)】
(2014.06.27wrote)

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第27話【汽車・電車・列車】

本日も細々としたパーツ作成に明け暮れて我に返ると、諸々反省多大な1年が終わりを迎えつつある現実に更に焦る現状でありますが、責めてネタばかりが溜まりに溜まるコラムの更新だけでもと画面に向う事に致します。

ここ数年の変化として、鉄道に関係する放送番組の台頭には実に驚かされます。DVDレーコーダーにしろBDレーコーダーにしろ、キーワードで検索すれば労せず興味の対象の番組に出会える便利な時代となりましたので、自身も可成り片っ端の勢いで、録画しては視聴する(溜まる一方で視聴が追いつかないのが実情ですが)を繰り返しております。
ドキュメンタリーからバラエティーに至るまで、内容も以前だとこの辺りが精々だった鉄道を絡めた紀行物に留まらず、鉄道そのものを題材とした番組も増え、鉄ちゃんライフに彩りを添える有り難い時代の到来と感じ入る次第で、この変化の背景にある根本の、想像に難くない諸々の社会現象についても興味は尽きませんが、それはさて置き、増えたと言えどもやはり内容的には感心・感銘を受けるものからハテナの付くものまでレベルは様々で、更に鉄道好きにとっては尚更のことかと思いますが、綿密な取材を完璧に成し遂げたと見て取れる作品の中にも、作り手側に明らかに鉄道好きの匂いがする番組とそうで無い番組との差異を妙に意識してしまいます。

鉄ちゃんあるあるとでも申しましょうか、車両を紹介するシーンで相変わらず多い気がする、画面に「○○形」と表示しながらナレーションで「○○けい」と発声されるケースでは、それは「がた」やないかい!と些細なことながら一瞬イラっと来てしまう訳ですが、そんな事より近頃どうにも気になって仕方ないことが、報道番組などで言葉のプロであるはずのアナウンサーが鉄道車輌のことをなんでもかんでもひっくるめて気安く「電車」と呼称する点です。歳の背なのか、些細な事が気になってしまいます。

地方都市で暮らした幼少・少年期の廻りの大人達は、遠出に使う国鉄のことを電車や気動車も含めて「汽車」、街中を往来する路面電車のことを「電車」と使い分けていて、更に都市部に於ける電車そのものである私鉄を指す場合は、関西なら「阪急」「京阪」(そして対する国鉄は「省線」)、関東なら「小田急線」「京急線」、福岡でも路面電車と区分してわざわざ「西鉄電車」という使い分けが意識されていたように、会社線名を主役とした呼称が一般的だった時代があったことが思い出されます。

昔の「汽車」が今は「電車」に置き換わったものと考えてしまえばそれで良いのでしょうが、鉄の性なのでしょうか、機関車牽引の旅客列車のことも、気動車のことも「電車」と称されてしまうとなると、どうにも釈然と致しません。かつて斜陽と揶揄された鉄道輸送の可能性を世界に示したこの国なのですから、地方都市に於ける高齢社会の切り札として今後も導入が期待されるLRTが示すように、今後益々多様化するであろう鉄道車輌の未来考えると、鉄道ネタが市民権を得た現代であればこそ、そろそろメディアの側もなんでも「電車」としてしまわずに、電車の語源は「電動列車」、なんであれ総称として素直な「旅客列車」・「貨物列車」、ローカル線の単行運転でも「単行列車」、とそれぞれ称するごとく「列車」こそ付いてまわりますので、責めて総称する際は「列車」に止めて置いてくれたらなあと考える次第です。

ついでに申せば、ご周知の通り、鉄道現場では架線のことを、河川や下線と区別をするために「がせん」と呼称するのがスタンダードなのですから、来たるべき鉄道文化の成熟期に相応しく?メディアも倣ってくれたら素敵やなぁなどと誠に勝手な想いを巡らし散々な一年を締めくくることに致します。
改めて今年一年のご厚情に厚く御礼申し上げます。皆様よいお年をお迎え下さい。
(2014.12.31wrote)

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第28話【インテリアパネルキット オシ17】

相変わらず細々とした作業が絡み合う個人事業者の日常に、先々月ようやく発売に漕ぎ着けた新製品「インテリアパネルキット オシ17」の受注制作が追い打ちをかけ、気がつけば今年のコラムも開設当初に計画した最低月1更新の目標など何処へやらの閑散期を続けるうちにもう5月と、年々加速する月日の流れに戸惑いつつ、流石によろしく無い状況を反省する次第で、この度の「オシ17」の製品化が当初の予定から約2年半も遅れたことによる後に控える製品化についても然り、コラムに於いても実はネタの渋滞を引き起こしておりまして、今後は少しずつでも作業の合間の書き溜めに努めることに致します。

新製品「インテリアパネルキット オシ17」発売の遅れで、お客様に於かれましては、早々にご予約を頂戴して置き乍ら、長らくお待たせをしてご迷惑をお掛けする事態となりましたことについて、改めて謹んでお詫びを申し上げます。

例により、個人の趣味時代に拵えておりましたフジモデルオシ17形製品に組込んだ内装をベースに製品化を致しましたが、既に同様の手法で製品化したナロ10・オロ11で一応のノウハウを得た積もりで居たのが恥ずかしながらの誤算の元で、やはり食堂車となると、新たなパーツ制作に必要な量産化ノウハウもパーツ個々に異なり、当初はフルハンドクラフトで進めておりました量産も、余りの歩留まりの多発に音を上げてしまい、コストアップ止むなしと中途からプレパーツのレーザーカット加工のため外注に踏切り、そのため一からやり直すなど難儀を致しました。

最終のコスト計算をしてみると遂にナロ・オロの倍に至り、当初はなんとか5,000円以内でとアナウンスをしておりました本体価格も見直さざるを得ず、模型界に於いてもじわじわと値上がりが続く昨今だけに心苦しい一方、お商売としては如何ともし難く、さりとて単純に倍という訳にも参りませんので若干手前の設定とした次第です。何卒ご容赦の程をお願いを申し上げます。

元より高度に品質管理をされた工業製品とは真逆の環境下で、出来る限りの精度の維持に努め制作を致します弊社製品ですので、新製品の立上がり時期など尚更に不安がつきまといますが、大変有り難い事に、既に組込みを済まされたお客様から、お愉しみのご様子のご感想を頂戴致しまして、何より安堵を致しますとともに、鉄道模型の楽しさのお手伝いとなるツールとして末永くご愛顧下さることを願うばかりでございます。
只今継続的に不足するパーツの量産に追われておりますが、一時期よりお待たせをする時間も縮まりつつあります。是非ご検討の程をよろしくお願い申し上げます。

先般あるお客様から、持込運転の出来るジオラマレストランへのお誘いを頂き、余りの休み無しの我が身に休息も必要かとお言葉に甘え、先日の土曜日に参加を致しましたところ余りに楽しく心底癒されました。つらつら感じ入ること盛り沢山でしたので、その様子は次回のコラムにてお話する予定です。
(2015.05.04wrote)

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14年前に整備した583系「明星」では、中・下段寝台と寝台カーテンを拵え、実車が始発駅に入線する際印象的だった窓越しに輝く下段寝台灯の明かりを再現したく、天井から光ファイバを下ろし導光してみましたが、ご覧の通り十分な効果は得られませんでした。

「明星」と同時に整備したこちらは昼行仕様の583系「つばめ」です。表皮の色も特急仕様に若干濃くアレンジしています。近々表皮シリーズとして商品化の予定です。




【デゴイチ】店内








































































お客様ご自宅のレイアウトで憩う、オシ17とスロフ62


テーブルランプが備わる「理想オシ17」※

※お客様の許可を頂いて掲載致しました。


第29話【楽しむということ】

前回のコラムで予告しておりましたお話しです。

ご周知の通り、鉄道模型の楽しみ方はそれこそ多岐に渡り奥深いものでありますが、鉄道模型趣味に手を染めた48年前から、憧憬とともに基本「走らせてなんぼ」の思想を抱き続けている私自身の趣味人としての平素は、中学生から高校にかけての一時期に訪れる、今や本物の鉄道会社に勤務する友人と2人で拵えた、切出したベニヤ板のベースにカーブR900の長円エンドレスの複線本線と駅待避線・ヤードへの分岐線(ヤードは計画のまま頓挫)をシノハラのフレキシブルレールで敷設した総延長20メートルの組立式レイアウトでの走行を楽しんだのが「走らせてなんぼ」のピークで、その後は模型再開から現在に至るまで、居間に都度仮設する単線エンドレスのKATO組レール上にて、ここは関門交直切換え・セノハチの勾配・山科の大カーヴなどと、妄想を最大限に膨らませての運行に終始しておりますが、それもこのお商売を始めて以降は思うように時間が取れず、振り返ると近々で最後に走らせたのが昨年の2月末というまさかの事実には(製品の日常使いによる耐久性テストの面に於いても)難儀な有様と流石に凹みます。
日々製品を作り続けておりますと、元々好きな行為なだけに脳内が麻痺をするのか、どうも疲労感と実際の身体疲労との間に乖離が生ずるようで、稀に急激な脱力感に襲われることがあるのですが、そんな時、焦りつつも不調誘因によるトラブルはご免と一旦手を止めると、奇妙な事に「模型弄りたい・作りたい気分」がじわじわと押し寄せるという厄介な日常が続きます。

話が脱線してしまいましたが、いつもお買い上げを頂いているあるお客様から、京都にある16番レイアウトを備えたレストランで運転会をするので参加しませんか?との何やら楽しそうなお誘いを頂き、世間はゴールデンウイーク、まとまった休みを頂けたメーカー勤務時代とはかけ離れた不定休の零細事業者となった我が身に、たまには気分転換も必要かと、折角の有り難いお誘いですので、お邪魔をすることに致しました。

当初は眺めるだけにしようと思っておりましたところ、「是非車輛の持込みを」とお勧めを頂きましたので、さて何にするかと悩んだ挙げ句、12両が納まる待避線があると伺い、14年前に整備したTOMIX製583系交直流電車寝台特急「明星」編成12連に決め、試しにと、納品等で普段使いしている大きめのショルダーバックに詰めてみると、パンパンに嵩張ってしまうばかりかインジェクションモデルなのに意外と重たく、待ち合わせ場所の関係で阪急で向かうことにしておりましたので、仕上げたモデルを引っ越し以外で屋外へ持ち出した経験に乏しく不慣れな自身の運搬を思うと、やはり京都線には座りたいと早めに出た結果、運良く9300系特急のクロスシートにありつけましたが、最早ちょこちょこと停車を繰り返し、度々先行車に迫っては徐行を繰り返す京都線特急に(ノンストップライクな「快速特急」が別に存在するも)かつての京都へ向かって一気に駆け抜ける、新京阪鉄道を彷彿とさせる豪快なインタバーン的な魅力が失われてしまった点について(我が儘なファン目線ながら)やはり淋しさが募ります。

今や神戸線特急にも同じことが言える訳ですが、当日乗車して気になったのが、派手にヨーイングする車体挙動でした。普段の神戸線では経験したことの無いレベルで、更にロングレールに於いて、経験値として認識するジョイント部のピッチングやフラットスポットの影響とは明らかに異質な、やはりこれも初体験の終始緩やかにゴロゴロとピッチングする不快な揺れに戸惑いました。帰路の9300系では、往路よりオーバーハングに近い乗車位置で立席でしたが、通常の揺れの範疇で、下り線軌道なのか、車体なのか、阪急らしさの欠如が気になる久々の京都線堪能の道中となりました。

阪急ネタとなると止まらなくなりますので、この辺にして置いてさて本題です。運転会の場は、四条河原町から東へ10分少々歩いた祇園の裏路地に佇む「ジオラマ・レストラン&居酒屋バー デゴイチ」というお店でした。
エレベーターで2Fに上がり扉が開くと目の前に広大な16番レイアウトが広がります。所謂レンタル・レイアウト店の類いを利用した経験に乏しい評価基軸とお断りした上で印象を申し上げますと、店内長手方向一杯に鎮座する周回約40メートルのレイアウトは、プロダクト視点での自身の勝手な商業施設観とでも申しましょうか、そんな余計な思い込みを遥かに凌駕する線形やシーナリイの作り込みが実に心地良い良質なレイアウトであることに驚かされました。悠悠と行き交う列車たちを暫く眺めるうちに、なんともいえない居心地の良さを感じた次第で、いくら想像力を駆使したところで、組レールのお座敷運転では達しようのない高揚感に包まれ、対価以上の価値を感じました。

レイアウトには周回線路手前の長手方向一杯にカウンターが横たわり、カウンタ上には点々とパワーパックが据え置かれ、(他にテーブル席もありますが)そこでアテをつまみながら(飲酒)運転や「かぶりつき」が楽しめる設えとなっていました。グラスやお皿が置かれるカウンタで、持込み車輛のスタンバイも行いますので、もう少し奥行きがあればと最初は思いましたが、周囲を見回すと皆さん難無くセッティングをこなされていて、利用者のマナーやセンスの度合いが勿論前提となるのでしょうが、慣れの範疇かと拝察しながらも、寧ろこの奥行きの狭さが手や腕の動きを抑制し、不意のトラブルを未然に防いでいるのかも知れない思いに至るなど、興味の尽きない空間でした。

パワーパックもまた、事前の勝手な想像を裏切るエンドウ製3Aの立派なもので、カンタムエンジニア接続にも配慮されておられました。
パーツの進化で格段に省電力化された現代の鉄道模型ですが、昔の経験が尾を引いて、自身の模型再開時にもパワーパックだけは良いものをと、お座敷運転には分不相応な(今は製造を止められたようですが)大友製作所のMP-312を無理をして買い求めたほど、安定した電力がたっぷりと供給されていないと、どうにも落ち着かない性分ですので、とても有り難いグレードで嬉しくなりました。

さて、その居心地の良い空間で、お客様と、三々五々(中には奥様やお子様連れで)ご参集のお仲間の皆様と、都合4時間ほど実に楽しく有意義な宴会&運転会を堪能致しましたが、今回お誘い下さったお客様は、私の前職の家電メーカーでも大変お世話になった関係にある、日本トップクラスの電子部品メーカーにお勤めの方で、お仲間も同じお会社の有志の皆様で、さらに鉄研OB繋がりのフリーの鉄道ライターの方のご参加もあって、それぞれご自慢の作品コレクションの勇姿を肴に、情報交換やら濃密な話題に盛り上がり、ものづくり気質が体質的にも馴染むのか、お陰様で大変にリフレッシュをさせて頂いた次第です。

持ち寄られたモデルも、ブラスならではの重厚感のあるジョイント音が魅力的なエンドウ製キハ181系と、軽快に駆け抜ける(私も愛用する)TOMIX製キハ181系の競演や、谷川製作所モデルを美しく仕上げられた381系振子電車の快走、光源の発色や分布に極めて細やかな配慮が見て取れるだけでなく、お手の物と拝察する高性能キャパシタを介して実用的な無電源点灯を実現した室内灯照明によって作り込まれたインテリアが際立つ旧客群、実感的なDGサウンドや(IMONさんの151系などに例はあれど、実際に目にするのは初めての)テールサインの蛍光灯点灯時を模したフラッシング機能を備えたDCC仕様の電源車の実感的なデモンストレーションなど、流石に電子がご専門の皆様ならではの着想と展開に参ったかと思えば、懐かしい音を響かせてインサイドギア駆動のEF81形が走り出したり、レイアウト上の二条駅を模したと思われる駅舎の風情に良く似合う天賞堂カンタムキハ58系・キハ52のサウンド走行を、気動車好きという渋好みのお子様と楽しまれていたりと多彩で、そんな中、私の「明星」12連はというと、最小カーブR1300、最大勾配2.2%という線形を甘く見過ぎていたようで、(もしかすると、日頃から愛用しているアルケさんのLOCOの影響なのかも知れませんが)平素の平坦線では何の問題も無いスタンダードな2M10Tの動力比では、カーブの坂を登り切る手前でスローダウンしてしまうという、まさかのアクシデントに見舞われてしまい、残念なことに伸び伸び周回する姿を楽しむことが出来ず終いでしたが、それでも飽きる事なく眺めて居られる運転会の心地良さを再認識した次第です。

また当日は、以前お客様にお買い上げを頂いておりました弊社の「インテリアパネルキット オロ11シート付き」製品を、フジモデル製スロフ62形のインテリアとして仕上げられたモデルもお持ちでしたので、滅多に訪れないその後の現物を拝見させて頂くという有り難い機会ともなりました。
「インテリアパネルキット オロ11」のオロ11形以外への活用例といえば、以前にモデラーの板橋俊明さんが、RM MODELS誌上でご披露されていたフジモデル製スロ54形が思い当たるところですが、製品開発過程では対象車輛に首っ引きとなって周囲が見えなくなりますので、オロ11形(ナロ10形)設計の雛形であったスロ54形への展開には成る程と目から鱗でしたが、鋼体化客車のオハ61形を特ロ改造したオロ61形由来のスロフ62形となると、便・洗面所・車掌室等の配置は同じでも(元々抜き寸に余裕はありますが)果たして窓配置など上手く合うのかなど、お客様からその旨のご相談を頂いた際も一抹の不安を抱いておりましたが、その見事な仕上がりぶりに感動致しました。

平素より、お買い上げを下さいましたお客様から、度々仕上りのお写真をメールで頂戴致しますが、どの作品にもお客様のこだわりとお愉しみの跡が垣間見え、拝見するだけで楽しくなる力作揃いですが、今回も同様に「インテリアパネルキット」が、お客様の柔軟な着想と豊かなエンジニアリングマネジメントによって活かされる好例として、また一輌、心に残るモデルとの出会いとなりました。

その日は調整のため間に合わず後日にお写真で拝見した、別途お買い上げの「インテリアパネルキット オシ17Type1」を組込んだフジモデル製オシ17形もまた、「オシ17形が運良く現代にまで生き延びてくれていたら」という興味深いコンセプトで、食堂部の天井照明のみ電球色とし、ランプシェードを模したスタンレー製赤色LEDを直列に繋いで食堂テーブルに設えるという実に楽しい仕上がりぶりで、改めて鉄道模型を楽しむということの奥深さについて感じ入りました。
因に調整の中身は、「レイアウト上で映える光量調整」とのことで、鉄道模型の照明も、灯れば良かった時代から「どう灯すか」の時代へと、確実に移行したという実感が伴います。

プライベートの創作活動では、際限なく広がる購買欲を強固に抑制する目的で、人生と重なる昭和30年代から、敬愛する星晃さんの時代でもあったヨン・サン・トオあたりまで(例外も緩い部分も勿論ありながらではありますが、厳密に申せば2等級制が終わる1969年5月迄)の国鉄型を対象とし、お商売上もありますので出来る限りの時代考証の元、史実に倣う姿とするよう努めておりますが、「理想オシ17形」を眺めておりますと、KATO20系客車の入線で、長らく休車状態にあるカツミの20系編成(最初のモデルが、48年前の小学4年生当時400円だった小遣いを4ヶ月間貯めて、死ぬ思いで手に入れた1,600円のナロネ22形でしたから、長過ぎますが)の内装をモダナイズ(長年温めて来たオール個室化するプランです)して、今に甦らせてみたくなってしまいました。

そして最後に、店内預かり車両を納めるショーケースの中に、弊社製品組込みの車両があるはずとの情報を漏れ聞いて、早速支配人の方に訊ねてみると、事実とのことで、ナイトモード照明になってからの薄暗い店内では老眼が災いして、現物を明瞭に拝見することは叶いませんでしたが、宣伝広告もままならず日々細々と生き存える身にとっては尚のこと、本当に有り難い事実に前へ進む勇気が湧いて参ります。

初体験の持込運転は、お店の落ち着いたアダルトな雰囲気も手伝い想像以上に魅力的でした。店舗に於いても、住宅同様にスペース事情が課題となるのかなと勝手な想像を致しますが、どの道スペースを取るのであれば、将来OJゲージなどへの展開もありそうな気がして、大迫力の走行シーンを思い浮かべるだけでワクワクして参ります。鉄道模型趣味を楽しむということの多様さと奥深さについて改めて思いを巡らせる安寧の日となりました。
作業の合間に少しずつ記述して参りましたが、その背かいつも以上に散らかりまくりの今回のお話は一先ずこの辺で。
(2015.05.19wrote)

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建設中のHOゲージレイアウト

懐かしい鉄道部品も展示(0系2000番台新幹線側窓、他)

第30話【楽しむということ2〜もう一方のレイアウト】

前回話題の「デゴイチ」を訪れる以前の昨年の秋に、実は別のレンタルレイアウトに接する機会があり、何れコラムにと思いつつ延び延びとなっておりましたので、前回からのネタ繋がりということで、記憶が薄れないうちにお話しを致します。

レンタルレイアウトといっても、あの「花月園」のような宿泊施設に併設された形態で、家内の知人の紹介で、聞かされるまで存在すら知らなかったのですが、兵庫県の中南西部に位置する宍粟(しそう)市の中国自動車道山崎インター近くにある「ホテル日新会館いろり夢鉄道」という施設で、周囲は中国山地の山々に囲まれ、林業で栄えた自然豊かな地ながら最寄り駅が無く、リストラ直前に断腸の思いで自身最大の玩具である愛車を売り払ってしまって以降は何処へ行くにも公共交通機関と徒歩の我が身にとっては近寄り難く、高速バスという手もありましたが、試しにと、もう長い付き合いの鉄ちゃんにしてカーディーラーにお勤めの店長さんに相談してみると、格安でレンタカーが借りられるとこのとで、目的地までの往復は好天にも恵まれ、運転好きには尚更の久々の楽しいドライブとなりました。

現地を訪れると、ホテル建家に隣接する細長い建物の2階がレイアウトルームとなっており、オーナー様にお話しを伺うと、以前は木工場だったとのことで広々としており、メインのスペースの中央に、何故か空港まで再現されている巨大なNゲージのレイアウトが鎮座し、隣りの壁際にも別のNゲージレイアウトがあって、そこではトレインスコープ搭載のキハ187系が走り廻っていました。
前者は都会的な幹線、後者は山間の地方線をイメージに作り分けて居られるようで、「花月園」同様に宿泊者が持込車両を走らせる遊び場となる訳ですが、当日は毎年恒例の「いろり夢鉄道まつり」の開催日でしたので特設(確認を失念)だったのかも知れませんが、懐かしい3線式Oゲージ線路上を、これまた懐かしい神戸市電の700形がゆるゆると走っているかと思えば、傍らには16番スケールのこれも懐かしい「花電車」が佇んでいたり、他にもGゲージのICE3からZゲージの20系ブルートレインまで走り廻るという、おもちゃ箱をひっくり返したような様相でした。別室にはKATOユニトラックを使用した欧州テイストのHOゲージレイアウトがあり、こちらは建設中とのことで、シーナリィーは途上でしたが走行は可能な状態でした。

レイアウトを良く見ると、湖ではネッシーが遊泳していたり、民家の屋根で「ネコバス」が休んでいたりしており、そもそもが主に阪神方面からという当日も参加されていたお仲間の皆様とともに作られたレイアウトなのだそうで、空港があるのも、お仲間の航空ファンの方のコレクション展示のためとかで、各人の模型ライフが誠に自由闊達に反映された独特な雰囲気は、これもまた模型を楽しむという多様さを象徴していて大変興味深い印象でした。

また、お仲間のお一方のご自慢のコレクションのNゲージ神戸市交1000形製品オリジナルの電機子チョッパ制御機器仕様の下回りを、現行実車同様にVVVFインバータ制御化された姿にご自身で改造されたというモデルを拝見しながら色々とお話を伺いましたが、1/150の世界での樹脂の切削加工や仕上げの繊細さに本当に驚かされます。
大変美しく仕上げられたそのモデルを眺めておりますと、スケールによって出来ること・出来ないことに思い悩むより、改めてセンスを磨くことの大切さを痛感した次第です。
(2015.05.27wrote)

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